2012-01-01から1ヶ月間の記事一覧

 D・W・グリフィス 理想と現実の狭間で

かつて、「国民の創生」(1915)や、「イントレランス」(1916)を監督し、世界の映画界の中心だったD・W・グリフィスは、第一次大戦後のアメリカ映画界の好景気に乗った人々の喜ぶ映画を製作していたが、かつての理想や覇気は感じられなくなって…

 セシル・B・デミルの旋回「十誡」

セシル・B・デミルは、それまでも多く監督してきたセックス・アピールを売り物にした「アダムス・リブ」(1923)を監督した。だが、その後デミルは内容を大きく旋回した作品を監督している。モーゼの十戒の話と、十誡を破ってやるとうそぶく現代の男性の…

 セルズニック映画社の倒産とワーナー・ブラザースの設立

セルズニック映画社とは、後に大プロデューサーとして活躍するデイヴィッド・O・セルズニックの父親であるルイス・セルズニックの会社である。 ルイスはユニヴァーサルに所属していたが、ボスのカール・レムリに追い出されて、セルズニック映画社を設立。そ…

 スキャンダルとハリウッド ウォーレス・リードの麻薬中毒死

不動産業者によってハリウッドランドの大看板が立てられたこの年、ハリウッドはスキャンダルに揺れていた。 1921年のロスコー・アーバックルの殺人容疑(パラマウントのアドルフ・ズーカーはこの年、パリで記者会見を開き、今後アーバックルの出演作は作…

 ルビッチ、ネグリ・・・外国勢のハリウッド襲来

1923年に短期間ながら急激な興行収入の落ち込みと映画製作の停滞に、ハリウッドは襲われた。第一次大戦によって停滞していたヨーロッパ映画は復興を見せる(特にドイツ映画)一方で、ハリウッドは紋切り型のストーリーと、スターの高額の出演料に苦しん…

 アーヴィング・サルバーグ、ルイス・B・メイヤーの会社に入社

ハリウッドが作り上げていく映画製作のシステムは、プロデューサーによって管理されることになる。その最初の人物がアーヴィング・サルバーグである。 この年、ユニヴァーサルのスタジオで活躍していたアーヴィング・サルバーグは、週給600ドルでルイス・…

 スターの時代と、プロデューサーの時代

「1920年代がハリウッドの歴史の中でもあのように風変わりな時代に見えるのは、単に時間的な隔たりのためではない。(中略)真実はハリウッドの生活がしばしば映画の中の生活を『真似る』ことにある」(P132) 「彼ら(スター)を生み出したスター・システ…