映画評「シャボンの泡」

 原題「SUDS」 製作国アメリ
 メアリー・ピックフォード・カンパニー製作 ユナイテッド・アーティスツ配給
 監督ジョン・フランシス・ディロン 製作・出演メアリー・ピックフォード

 ロンドンのクリーニング屋で働くアマンダは、重労働で貧しい生活を送っている。シャツを預けに来た男性を、自分を迎えにやって来た王子様と夢想をするなど、アマンダは想像力が豊かだ。ある日、老いて働けなくなり、売り飛ばされた馬をかわいそうに思ったアマンダは、全財産をはたいて買い取る。

 「STELLA MARIS」(1918)でピックフォードは、一目で本人とは分からないメイクアップと演技で、いつもの愛らしい少女役と容姿のよくない女性の二役を演じた。このチャレンジングな作品では、二役は同程度の出演時間だった。「シャボンの泡」では、ほとんどの時間を容姿のよくない女性の役柄を、ピックフォードは演じている。「STELLA MARIS」とほぼ同じ、眉を濃くして真っ直ぐにしたメイクアップと、眉間に皺を寄せた表情で演じている。

 ピックフォードは、かわいらしい少女役からの脱皮ができなかったと言われている。この作品には、そうしたピックフォードの挑戦の軌跡が刻み込まれている。この作品の配給はユナイテッド・アーティスツである。ユナイテッド・アーティスツは、夫のダグラス・フェアバンクスらと共に設立した、自らが重役を務める配給会社だ。それだけに自由に映画が作れる反面、その責任も重い。「シャボンの泡」はユナイテッド・アーティスツの配給2作目だが、1作目が少女役である「青春の夢」(1920)である。このあたりに、ピックフォードのバランス感覚を読み取ることができる。

 ピックフォードの努力が痛いほど伝わってくる作品であるが、正直少々辛い。それは、ピックフォードの気張りが見ていて伝わってきてしまうからだ。同じ不幸な境遇の女性で比較すると、同年に公開されたD・W・グリフィス主演の「東への道」(1920)に主演したリリアン・ギッシュの方がしっくりくる。もちろん、「シャボンの泡」は不幸一辺倒ではなく、コメディの要素もふんだんに盛り込まれているため、どちらの演技が優れているという比較は難しい。それでも、「シャボンの泡」の方が、力が入った演技であるとは言えるだろう。

 決してつまらない作品ではない。だが、ピックフォードの気合が、映画の内容を味わう楽しさを奪ってしまっているかのような作品だ。