映画評「下宿人」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]イギリス  [原題]THE LODGER  [製作]ゲインズボロー・ピクチャーズ  [配給]ウールフ・アンド・フリードマン・フィルム・サーヴィス

[監督]アルフレッド・ヒッチコック  [原作]マリー・ベロック=ローンズ  [脚本]エリオット・スタナード  [撮影]ガエターノ・ディ・ヴェンティミリア  [編集]アイヴァー・モンタギュー  [美術]C・ウィルフレッド・アーノルド、バートラム・エヴァンス

[出演]アイヴァー・ノヴェロ、マリー・オールト、アーサー・チェスニー、ジューン、マルコム・キーン

 ロンドンで、金髪の女性ばかりが狙われる連続殺人事件が発生。金髪の娘を持つ下宿屋夫婦のところに、1人の男が下宿人としてやって来る。だが、男の挙動は不審で、男がひっそりと外出した夜、金髪女性の殺人事件が起こる・・・。

 1つのシーンの中で、映像のショットとショットのつながりがおかしいなと思われる部分が多々ある。俳優のメイクが変わっているように感じられたり、時間的につながっていないように感じられたりする部分がたくさんあった。だが、「下宿人」において、そんなことに触れるのは重箱の隅をつつくようなものだろう。

 私が「下宿人」を見たのは恐らく3回だと記憶しているが、最初に見たときのことはよく覚えている。とにかく、ノヴェロ演じる下宿人が怪しくて仕方がなかった。「最後まで下宿人が犯人かどうかは明らかにしたくなかった」と、ヒッチコックフランソワ・トリュフォーとのインタビューで語っている。だが、当時スターだったというノヴェロを悪役には出来なかったと。少なくとも私が始めて「下宿人」を見たときは、ノヴェロという役者のことは全く知らなかった。そのため、純粋に下宿人の怪しさを味わうことが出来たように思える。

 ヒッチコックはとにかく下宿人を怪しげに撮っている。ドアを開けて初めて下宿人が映画に登場するときは、「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922)の吸血鬼を思わせる怪しさだ。大げさなノヴェロの表情は、時にハンサムぶりを発揮し、時に邪悪さを感じさせる。有名なのは、2階で部屋の中を歩き回る下宿人を、1階にいる下宿屋夫婦が不安がるシーン。ここでは、透明なガラスの上を歩く下宿人の映像と、1階から天井を撮影した映像を二重露出で撮影するという工夫がされている。火箸を取るだけでも、いちいち火箸を取る手がアップになったり、ニヤっと笑って見せたりと、とにかく怪しげであることをアピールする。

 殺人事件を取り上げ、1人の人間が犯人かもしれないという1点に力のすべてを注ぎ込んだような映画は、「下宿人」が作られるまでなかったのではないだろうか。少なくとも私の知る限りはない。その点で、「下宿人」は素晴らしい映画だと思うし、まさしくヒッチコック映画であると言っていいだろう。

 といった点を除いても、オープニングだけでも特筆すべき映画であることは触れておく必要がある。被害者である金髪の女性の悲鳴から始まり(ここでは後ろからライトが当てられ、金髪が強調されているという)、「今宵、金髪の巻き毛が・・・」という舞台のネオン、事件を伝える記者がタイプを打つ様子、電光掲示板で表示される事件の概要とそれを見つめる人々・・・・といったショットが短い間隔で紡がれていく。そのテンポの良さ、物語に見る者を引きこんでいく手際の鮮やかさは見事だ。少なくとも、金髪の女性の絶叫で始まることは、初めて見た時から忘れていないし、これからも忘れないだろう。

 「ヒッチコック、映画史に登場」である。


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