映画評「リング」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]イギリス  [原題] THE RING  [製作]ブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズ  [配給]ウォーダー・フィルムズ

[監督・脚本]アルフレッド・ヒッチコック  [撮影]ジョン・J・コックス  [美術]C・ウィルフレッド・アーノルド

[出演]カール・ブリッソン、リリアン・ホール=デイヴィス、イアン・ハンター、フォレスター・ハーヴェイ、ハリー・テリー、ゴードン・ハーカー

 ジャックは、あらゆる挑戦者をボクシングで倒す巡業を行う一団の一人。ある日、プロのチャンピオンであるボブにやられるが、ジャックはボブの言葉添えもあって、プロの道へと進む。だが、ジャックの妻とボブは互いに愛し合うようになる。嫉妬もありジャックは奮起。ついにジャックとボブのタイトル・マッチが組まれる。

 ヒッチコックの作品としては、「下宿人」(1927)に次いで公開された作品である。「下宿人」が後のヒッチコックの代名詞である「サスペンスの神様」の初期作品にふさわしい内容であるのに対し、「リング」はメロドラマである。しかし、ヒッチコックが「映画の神様」であることは証明されている。

 ヒッチコック自身が、当時はどんなに小さなことでも映像的表現を試みたと述べている通り、「リング」の演出は見事だ。冒頭の細かいモンタージュの積み重ねによる遊園地の描写は、楽しげな雰囲気が一気に伝わってくる。

 緩急のも見事だ。ジャックが試験の試合を受けに行き、妻が待っているシーンでは、心配から呼吸が荒くなる妻の表情のクロース・アップに、ジャックが試合をしている様子が二重写しで描かれる。こちらまで呼吸が荒くなってきそうな緊張感が漂う。そこにジャックの試験結果の電報を持ってきたと思われる少年がやって来るが、遊園地のいろいろな乗り物を見回していて、なかなかジャックの妻の元までやって来ない。一方で、ジャックがボクサーとして勝ち進んで行くことは、看板に書かれたジャックの名前が徐々に上になっていくのを、編集でつなげることでテンポよく表現している(ここでは背景で季節の移り変わりまでが表現されている細かさ)。ヒッチコックは、映画の魅力の1つが、こうした時間を自由自在に伸び縮みさせることだということを、すでに知っている。

 タイトルの「リング」は、ボクシングのリング、ジャックと妻の結婚指輪、ボブがジャックの妻に送った腕輪、3人の人間関係と様々な意味が重ね合わされている。こうした工夫も忘れてはならない。

 ユーモアの点を触れておこう。「リング」は巡業興行を行う一座を描いている。その点を使った最大のユーモアは、ジャックと妻の結婚式のシーンだろう。お祝いに駆けつけた巡業仲間の中には、シャム双生児の女性がおり、巨人がおり、小人がいる。牧師が彼らを見て驚く。批判を恐れずに書けば、私はこのシーンでかなり笑った。それが差別意識なのだと言われるとそうかもしれないが、普通の結婚式だと思ってやって来た牧師が驚く様子が面白かったのだ。その後には、式が始まって立たなければならない時に、まるでショーが始まるときのように一座の面々が拍手をするという見事なギャグが続く。

 映像で語るという点に関しては、F・W・ムルナウの「最後の人」(1924)に負けず劣らずと言えると思う。しかし、「リング」は「最後の人」ほどの知名度はないし、芸術作品としても扱われていない。それはなぜかというと、ストーリーにあると思う。ありきたりな三角関係を描いたメロドラマに。しかし、ここにまたヒッチコックの存在意義を感じさせるのだ。後にヒッチコックが生み出していく映画もそうだが、内容的には芸術的でも何でもないものを、見事な映像表現によって映画作品として高さを追求している点にである。

 ヒッチコックは、いかにも映画芸術といった作品ではなく、誰もが楽しめる、どうでもいいような内容の作品にも、映像表現の工夫が必要であること、そのことによって映画は為にならなくても、人生を描いていなくても、面白い映画になるということを教えてくれる。「リング」を見よ。くだらない内容の、素晴らしい映画を。


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