キーストン社の作品 1913年(3)

「BARNEY OLDFIELD'S RACE FOR A LIFE」

 キーストン社製作。ミューチュアル社配給。アメリカのスラップスティック映画の始祖であるマック・セネット製作。

 D・W・グリフィスといえば、マック・セネットの師匠である。この作品は、師匠であるグリフィスが得意とした「ラスト・ミニッツ・レスキュー(最後の救出劇)」を用いた作品で、「THE GIRL AND HER TRUST」(1912)のパロディとも言われている。

 ストーリーは単純。可愛い娘のメイベルは悪役の男に誘拐されて、轢死させようと線路にくくりつけられる。それを知ったメイベルの恋人は、カーレース・ドライバーのバーニー・オールドフィールドに運転してもらって、彼女の救助に向かう。

 悪役の男がどうしてメイベルを殺そうとしているのか、しかもわざわざ手間をかけて殺そうとするのかの説明はないし、当時有名だったというバーニー・オールドフィールドは宣伝のためだけにタイトルにまで名前が入っているものの、まったく登場する必然性がない。

 といった欠点を挙げても仕方がない。そんなことよりも、フォード・スターリングが演じるひたすら悪役に徹したキャラクターの素晴らしさを見るべきだろう。警官に対しても物怖じせず、何人もの警官を無慈悲に殺してしまう残酷さは、当時のほかの作品にはない新鮮さがある。しかも、警官を無慈悲に殺した後に、自分で自分の首を絞めて自殺するというナンセンスなギャグを披露するつながりは見事だ。フォード・スターリングの後釜として期待されて、キーストン社に入社するチャップリンは当初悪役を演じることになるが、この作品のスターリングの残虐さとナンセンスの融合にはかなわない。

 また、走ってくる汽車からメイベルを助けるシーンでの、迫真の映像を目を見張るものがある。特殊撮影で撮られているものと思われるが、走って汽車からギリギリで逃れる映像からくる驚きは、グリフィスの作品以上のものがあった。

 この作品は、脈絡のないストーリーに、必然性のない有名人、現実的ではない悪役に、ナンセンスなギャグ、特殊撮影による迫真の映像といった様々な要素がごった煮となっている。しかし、それでいて何ともいえない統一感が感じられるのは私だけだろうか?それぞれの要素が、1つ1つ個性的で際立っているのだが、それでいてどれか1つか突出することなく、1本の作品として収まっている。不思議なパワーのある作品だ。この統一感は、監督のマック・セネットの腕によるものなのだろう。

 ちなみに、この作品のメイベルの恋人役はマック・セネットが努めている。コメディアンとしてのセネットは才能がなかったと言われているが、確かに特徴がないセネットにはあまり魅力が感じられない。



(ビデオ紹介)

Slapstick Encyclopedia [VHS] [Import]

Slapstick Encyclopedia [VHS] [Import]

 サイレント期のスラップスティック・コメディを集めた5本組みのビデオ。チャップリンキートン、ロイドといった有名どころ以外のスラップスティック・コメディの数々を見ることができる。

※日本製のビデオデッキでも再生できます。