エフゲーニ・バウエル監督「AFTER DEATH」

 ロシアの映画作家エフゲーニ・パウエルのデビュー作。ハンジョンコフ社製作。

 女性恐怖症的な主人公のアンドレイは、舞台女優であるゾヤに心を惹かれる。ある日、ゾヤの方からアンドレイに愛の告白があるが、アンドレイは拒否してしまう。そのことを悲観したゾヤは自殺。罪の意識に苛まれるアンドレイは、ゾヤの幽霊を見るようになる。

 ロシア革命前のロシア映画を代表する監督の一人であるエフゲーニ・バウエルの演出が素晴らしい。

 奥手のアンドレイが、友人によって半ば無理やりパーティに連れて行かれる冒頭でのシーンでは、3分に及ぶ長回しに移動撮影を組み合わせて、パーティ会場を現実感のあるものにしている。ゆっくりと右に左に、前に後ろに移動するカメラは、パーティ会場にいる人びとの様子を次々に映し出し、カメラのために人びとが演じているのではなく、そこにいる人をカメラが撮っているような雰囲気がある。

 ゾヤの死後、罪の意識に苛まれるアンドレイは、夢にゾヤの姿を見るようになる。眠るアンドレイの映像に、どこかシュールな世界(風の強い草原に立つアンドレイとゾヤ、そして書き割りと思われる奥に広がる風景)の映像をつなげることで、夢であることを表現している。「だから、どうした?」という声が聞こえてきそうだが、この夢の描写(表現主義的といっていい)のシュールさがあるからこそ、不気味さが伝わってくる。そもそもシュールさがなかったら、夢かどうかもわからなかったかもしれない。

 さらに、アンドレイは起きているときにもゾヤの姿を見るようになる。このゾヤが幽霊なのか、アンドレイの幻想なのかはわからないが、どちらにしてもアンドレイを追い詰めていく。ゾヤは二重露出で突如現れたり、突如消えたりする。その様子は不気味であり、驚かされる。しかも、しつこい。これでもかというほど、ゾヤは突如現れては、突如消える。私が見たDVDの音楽は、不気味な気分を醸造する見事な音楽がついていたこともあり、素晴らしい効果を上げていた。この作品は、ジョルジュ・メリエスが「月世界旅行」(1902)を監督してから13年経っているが、メリエスがたどり着けなかったドラマと二重露出のトリックの見事な組み合わせを実践しているように思える。

 この作品の魅力はまだある。シーンによっての画面を染色しているのだが、映画の後半にアンドレイが罪の意識に苛まれているときは基本的に薄く青い画面となっている。だが、ゾヤが登場すると、薄青かった画面は白と黒のモノトーンの世界となるのだ。それは、まるでこちら側の世界とあちら側の世界へと一瞬にして移り変わってしまったかのような雰囲気を映画に与えている。

 単純なストーリーの作品だが、バウエルの演出が施されることで、一段上の不気味さや面白さが加わっているように思える。それは、アルフレッド・ヒッチコックの映画がストーリーを語ると単純なのだが、ヒッチコックの演出が加わることで面白くなるのと同じだ。バウエルの演出力の確かさがこの作品にはある。