映画評「渇仰の舞姫」

 原題「THE IDLE DANCER」 製作国アメリ
 D・W・グリフィス・プロダクションズ製作 ファースト・ナショナル・ピクチャーズ配給
 監督D・W・グリフィス 原作ゴードン・レイ・ヤング 脚本スタナー・E・V・テイラー
 出演リチャード・バーセルメス、クラリン・セイモア、クライトン・ヘイル

 舞台は南の島。布教にやってきたキリスト教の牧師のいとこで病弱なウォルターと、自堕落な人生を立て直すためにやって来た青年ダンが、白人と原住民の混血の娘であるメアリーに恋をする。ダンはウォルターとメアリーが恋仲と思い込み、嫉妬するが・・・。

 南洋のエキゾチズムを盛り込み(撮影はフロリダ)つつ、グリフィス流のキリスト教賛歌を全面に押し出した作品となっている。原住民にキリスト教の素晴らしさを教えるために、子供にはケンカをさせ、娘にはそれまで神とあがめていたトーテムポールを捨てさせる。いくらなんでも、ゴリ押しすぎるのではとも感じたが、ここにグリフィスがキリスト教的な価値観への絶対的な信頼を見ることができる。

 映画自体は決して面白くない。ダラダラと続く三角関係に、随所に挿入される宗教的なゴリ押し。最後は「国民の創生」的な、ラスト・ミニッツ・レスキューがあるものの、演出は冴えていない。それでも、「渇仰の舞姫」には、グリフィスの意思が宿っている。正しいとか間違っているとかを超えた鉄の意志が。