映画評「猛進ロイド」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ [原題]GIRL SHY [製作]ハロルド・ロイド・コーポレーション [配給]パテ・エクスチェンジ

[監督]フレッド・ニューメイヤーサム・テイラー [脚本]サム・テイラーテッド・ワイルド、ティム・フェーラン [撮影]ウォルター・ランディン [編集]アレン・マクニール [美術]リール・K・ヴェダー

[出演]ハロルド・ロイドジョビナ・ラルストン、リチャード・ダニエルズ、カールトン・グリフィン

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 内気で女性と話せないハロルドだが、あらゆるタイプの女性を口説き落とす方法についての本を書き上げて、出版社へと売り込みに向かう。その途中の汽車で、ハロルドは金持ちの娘であるメアリーと出会う。内気なハロルドだったがメアリーの前では素直に話すことができ、2人は恋に落ちていく。

 ハロルド・ロイドチャールズ・チャップリンバスター・キートンと並んでサイレント・コメディの三大喜劇王の1人と言われる。この頃には、大映画作家として大作・寡作へと向かっていたチャップリン、超人的なスタントがシュールな世界を形作っていたキートンに対して、ロイドは非常に人間的な、私たちに近いタイプのキャラクターを演じていた。

 「猛進ロイド」はパロディでもあるように感じられる。何のパロディかというと、映画に登場する当時のセックス・アピールのあるとされた男女像のパロディだ。内気なハロルドは女性とうまく話すことができない。好きになった女性と手をつなぐときには、ベトベトした松脂の力を借りる必要がある。そんなハロルドが空想の中で思い浮かべる理想の男性像は、内気なハロルドとは全く正反対の伊達男だ。妖婦タイプを突き放し、じゃじゃ馬タイプを野蛮に扱い、自分に付き従わせる(妖婦、じゃじゃ馬は当時の魅力的とされる女性像のステレオタイプでもある)。ハロルドの思い描く男の理想像は、ルドルフ・ヴァレンチノをモデルにしているかのようだ。

 当時女性たちからすさまじい人気を誇っていたヴァレンチノは、男性からはそっぽを向かれていたという。ヴァレンティノは、女性が思う浮かべる理想の男性像だったのだ。ロイドが演じるハロルドは、実生活ではヴァレンティノのようにうまくはいかない。もっと泥臭く、もっと野暮ったく、でも最後には愛する女性を掴み取るために「猛進」してみせる。ヴァレンティノが女性にとっての理想像であるとしたら、「猛進ロイド」の中のハロルドは、男性にとって(ヴァレンティノのような外見上の魅力がない男性にとっての)理想像を描いたものといえるかもしれない。ロイドは「普通の人」という自らが得意とするキャラクターを活かし、ヴァレンチノとは異なる魅力的な男性像を描いてみせる。

 「猛進ロイド」のストーリーは魅力的だ。自らが書いた自信作(女性を口説き落とす方法の指南書)を出版社に否定されたハロルドは、恋する金持ちのメアリーと自分(貧しく、才能もない)が吊り合わないと思い、メアリーから離れることを決意する。その後は、2人が出会ったときの思い出の品であるドッグ・フードの箱が効果的に使われ、さらには誤解(出版社はユーモア小説として売り出そうと考えを変え、ハロルドに前金の小切手を送るが、ハロルドは不採用通知だと思って中身を見ずに破り捨ててしまう)もうまく使われて、ハロルドとメアリーの甘いロマンスを盛り上げる。

 失意のメアリーは、愛していない男性と結婚することを決意する。だが、その男には妻がいることを知ったハロルドは、結婚式当日にメアリーの元へと向かう。ここから後は、映画全体の1/3の時間をかけた大アトラクションが繰り広げられる。車、馬車、馬、市電といったあらゆる乗り物を駆使して繰り広げられるアクション・シーンは、「息をも尽かせない」という表現がピタリとはまる。疾走する市電の上で送電のためのポールにぶら下がるスタントは、後のジャッキー・チェンの作品にも受け継がれていく。

 この息をもつかせぬアクション・シーンは、単体で見ると素晴らしいのだが、映画全体で見ると、やや長すぎるように感じられた。それは、「猛進ロイド」の大きな魅力がストーリーにあるからではないかと思う。アクション・シーンの間、ストーリーは中断される。もちろん、愛するメアリーのために命を賭けて猛進するハロルドの姿はそれ自体がドラマなのだが、盛り上がったロマンスの炎が、アクションの炎によって小さくなってしまうような感覚を私は覚えた。

 それでもなお、「猛進ロイド」はハロルド・ロイドの代表作の1つであることには変わりはない。ロイドは、コメディとロマンスを結びつけることに成功しているし、超人ではない普通の男とアクションの融合に成功しているし、90分という長尺を一連のストーリーによって作品として1つにまとめあげることにも成功している。ロイドが映画界に残した功績が、「猛進ロイド」には詰まっている。


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