映画評「あるじ」
※ネタバレが含まれている場合があります
[製作国]デンマーク [原題]DU SKAL ARE DIN HUSTRU [英語題]MASTER OF THE HOUSE [時間]107分
[監督・脚本・編集・美術]カール・ドライヤー [撮影]ゲオルゲ・シュネヴォイト
[出演]ヨハネス・マイヤー、アストリード・ホルム、カリン・ネレモス、マチルド・ニールセン
一家のあるじとして妻アイダを奴隷のように扱うヴィクトル。そんな関係を見かねたヴィクトルのかつての乳母が、アイダを休養のために家から出し、自らが一家のあるじとして仕切るようになる。ヴィクトルは、妻がいなくなって初めて彼女の大事さに気づく。
ストーリーはありきたりで、分かりやすい。スラップスティック・コメディであれば、家事が出来ない夫が家の中を滅茶苦茶にするところだろうが、この作品ではそんなことはない。静かに少しずつ、夫のヴィクトルは妻の大切さに気づいていく。
コメディに分類される作品のようだが、それほどコメディの要素は強く感じられなかった。妻の大事さに気づいていなかった夫という存在自体が喜劇的だということかもしれないが、もしそうだとしたら現在のコメディの概念とは少し異なる。現在ならば、「人間ドラマ」に分類されるだろう。
物語はほぼ室内だけで進み、ストーリーは単純だ。そんな内容を1時間半以上もたせることが可能だったのは、登場人物たちの演技のおかげだろう。ヴィクトル役のヨハネス・マイヤーは、妻に去られる前の冷たさと、去られた後の寂しさ、妻が戻ってきた後の優しさを表情で、巧みに表現している。乳母役のマチルド・ニールセンは、その存在だけで人間味を感じさせる。字幕に頼っている部分も多いのだが、登場人物たちの演技が字幕の多さを気にさせない。
この作品の成功により、ドライエルはフランスに呼ばれて、「裁かるゝジャンヌ」(1928)を監督することになる。この軽喜劇と、「裁かるゝジャンヌ」の間には共通点を見出すこと難しい(クロース・アップの有効な利用くらいか)。この作品の監督を望んだフランスの映画会社は、この作品のようなウェルメイドさを望んだのだろうが、ドライエルはそんな器ではなかったということだろうか。
正直言って、今から見て取り立てて面白い作品とは思えなかった。ストーリーはどこかで見たことがあるし、演出は堅実だが逆に言うと平凡だ。だが、ドライエルがこうしたウェルメイドな作品も作っていたことを知ることは、巨匠もかつてはウェルメイドな映画を作る一映画監督であったことを知ることでもある。そのことは、凡才である私を少し勇気づける。
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