特許戦争、和解と決裂

 エジソン社とバイオグラフ社(旧:ミュートスコープ社)との裁判による争いは1900年に和解を迎えることになる。これはバイオグラフ社エジソン社に申し入れたもので、エジソンを映画の発明者と認めた上で、エジソン社の保有する権利をバイオグラフ社が50万ドルで買い取るというものだった。エジソン社はこの和解案を受け入れた。

 1900年末に50万ドルがバイオグラフ社からエジソン社に支払われることになった。だが、ここでトラブルが発生した。バイオグラフ社のメインバングが破綻し、50万ドルが払えなくなってしまったのだ。やっと解決するかに見えた特許戦争は、再び裁判へと突入した。