ジョルジュ・メリエス作品集(4)

「青ひげ」(1901)

 7人の妻を次々と殺害していた王様の元に、8人目の妻がやってくる。王様は、妻にある部屋の鍵を渡すも、決してその部屋には入ってはいけないと言い残し、出かけていく。誘惑に抗しきれない妻が部屋を開けるとそこには7人の妻の死体が。驚いた妻は鍵を落としてしまい、鍵には床に滴っていた血がついてしまう。その血は拭いても取れず、妻は悪夢にさいなまれる。

 有名な話なので、映画はストーリーを把握していることを前提に進んでいると思われる。私が見たDVDには解説がついていたのでストーリーは分かったが、完全なサイレントで理解できたかは自信がない。

 トリックとしては、部屋を開ける誘惑に誘い込む悪魔が突如本の中から現れるというものは以前からの繰り返しともいえる。しかし、この作品では二重露出が非常に効果的に使われている。鍵に血をつけてしまった妻が悪夢を見ていることを表現しているシーンでは、二重露出で先ほど見たばかりの7体の死体が映し出される。さらに、この7体の死体は7つの鍵に入れ替わり、妻の悪夢は深まっていく。単純にトリックを見せるというのではなくて、物語を語る上でのテクニックとしてトリックが使われている点が特徴といってもいいだろう。1901年の段階で、かなり高いレベルでテクニックがストーリーに融合している。

 この作品では鍵が重要な小道具として使われているが、観客にわかるように巨大化されている。ジョルジュ・サドゥールの「世界映画全史」によれば、メリエスがクロース・アップを知らなかったための措置だという。この鍵の巨大化は、映画史的に言うと技法の未熟さとも取れるかもしれないが、メリエスの映画をメリエスの映画たらしめているようにも思える。何とも言えないファンタジー性がこの巨大化された鍵からは感じられる。

 この作品は、メリエスストーリーテラーとしても実力があったことを示しているように思える。


「WHAT IS HOME WITHOUT THE BOARDER(LA MAISON TRANQUILLE)」(1901)
 
 2階の住人が床を破って、1階の住人の食事を奪ったりして嫌がらせをする。

 映像トリックが使われていないスラップスティック・コメディの舞台を撮影したかのような内容。見事なスピード感と混沌ぶりを楽しむことが出来るが、「舞台で見たほうが面白いだろうなぁ」という気持ちになってくる。


「THE BRAHMIN AND THE BUTTERFLY(LA CHRYSALIDE ET LE PAPILLON)」(1901)
 
 巨大な芋虫を、さなぎ状の入れ物の中に入れると、芋虫が蝶に変身する。

 メリエスお得意のストップ・モーションを使ったトリックを、ファンタジーの形に昇華させている。巨大な芋虫の造形がよく出来ており、見ていて気持ち悪いくらいだ。いつものパターンとはいえ、メリエスが舞台の出し物の面白さと映画を融合させようと工夫を凝らしているのが分かる。


「EXTRAORDINARY ILLUSIONS(DISLOCATION MYSTERIEUSE)」(1901)
 
 ピエロが遠くに離れたものを取るために、胴体から腕が離れたりする。

 これまでは、ストップ・モーションとマスク撮影を使って、首を体から離してみせる映像を多く見せてくれたメリエスは、ここでは両手両足も胴体から離してみせる。この手法は、この後もダンスと組み合わせたりして、様々な応用がされていくが、この作品はその原型とも言える。

 終盤で、胴体から両腕・両足・首が離れてバラバラに動き出すシーンは圧巻ですらある。楽しい作品。


「THE MAGICIAN’S CAVERN(L’ANTRE DES ESPRITS)」(1901)
 
 マジシャンが、スケルトンを女性に変えたり、テーブルを自在に動かしたりして見せる。

 元々マジシャンのメリエスは、舞台でマジックを演じているかのような作品を多く残している。この作品は、その代表的作品と言ってもいいだろう。舞台でも演じたであろう演目を、映像トリックを使って見せてくれる。その意味で、非常にメリエスらしい作品である。


「THE BACHELOR’S PARADISE(CHEZ LA SORCIERE)」(1901)
 
 貴族の男に頼まれて、魔女が釜の中から何人もの女性を呼び出す。

 好色な貴族の男は、この後魔女の手によって手痛い目に遭う。メリエスお得意のトリックが使われていることに加えて、教訓めいた内容になっている点が特徴的な作品だ。


「THE HAT WITH MANY SURPRISES(LE CHAPEAU A SURPRISE)」(1901)
 
 男がシルクハットの中から、椅子やテーブル、お客さんや料理を持ったメイドを取り出してみせる。

 アイデアとしては、それまでのメリエスの作品の焼き直し。だが、終わり間際に、メリエス演じる男がお客さんたちにダイビングした後のちょっとした狂騒は、速いテンポによるシュールな楽しさを見せてくれる。


「THE DEVIL AND THE STATUE(LE DIABLE GEANT OU LE MIRACLE DE LA MADONE)」(1901)
 
 女性の元に悪魔が現れ、巨大化して女性を脅かす。

 同年に作られた「ゴム頭の男」(1901)で、メリエスは台車を使ってカメラに被写体を近づけることで、巨大化しているかのように見せるという手法を使っている。この作品はその応用で、メリエス演じる悪魔の奇妙な踊り(?)のキッチュさも相まって、楽しい作品となっている。巨大化した悪魔は、聖母の力で小さくされてしまうのだが、ここでも同じトリックが使われている。「悪魔の脅威と退治」という内容とトリックがうまく結び付けられている印象を受けた。


「THE DWARF AND THE GIANT(LE DIABLE GEANT OU LE MIRACLE DE LA MADONE)」(1901)
 
 2人の男の片方が、徐々に巨大化していく。

 ここでも、同年に作られた「ゴム頭の男」(1901)で使われた、遠近法を使った巨大化トリックが使われている。2人の男性を比較して見せているのだが、立っている地面の位置を変えずに巨大化して見せる必要があり、これはなかなか撮影が難しかったのではないかと思われる。見た目以上に、革新的な作品だ。


「L'OMNIBUS DES TOQUES OU BLANCS ET NOIRS」(1901)

 製作国フランス 英語題「OFF TO BLOOMINGDALE ASYLUM」
 スター・フィルム製作 監督・製作ジョルジュ・メリエス

 馬車に乗ってやって来た4人の男たち。白人になったり黒人になったり、合体していったりして、最後には消えてしまう。

 ヴォードヴィルの出し物のように、テンポや登場人物たちの位置が計算されて作られた作品。エンターテイナー、メリエスらしい作品だ。


「THE COLONEL’S SHOWER BATH(DOUCHE DU COLONEL) 」(1902)
 
 大佐の頭の上に、ペンキが落ちてくる。

 映像トリックは特に使われていないコント。


「THE DANCING MIDGET(LA DANSEUSE MICROSCOPIQUE) 」(1902)
 
 マジシャンが帽子から巨大な卵を取り出すと、そこから小さな女性が産まれてきて踊り出す。

 3分弱という、このタイプの当時の作品の中では長めの作品で、上に書いた以外にも、助手の口から卵を取り出したり、小さい女性が一瞬にして大きくなったり、女性と助手の位置が一瞬で変わったりと、他の作品でも見られる様々な映像トリックを見せてくれる。

 小さい女性が踊り出すところは、遠近法と二重写しによって実現されている。当時のメリエスが、遠近法により被写体を大きさに興味を持っていたことの現われだろう。これは、「月世界旅行」(1902)の月に接近するシーンで、ファンタジーと物語に融合することになる。


「THE SHADOW-GIRL(LA CLOWNESSE FANTOME) 」(1902)
 
 女性が底の抜けた樽を通るとピエロになったり、輪をくぐると女性に戻ったりする。

 ストップ・モーションを使ったトリックで、これまでの作品をサーカス風に味付けをした作品である。ジャンプの途中で人を入れ替えたりという編集が難しそうなアクションも、メリエスはよどみなく映像化している。


「THE TREASURES OF SATAN(LES TRESORS DE SATAN) 」(1902)
 
 箱からサタンの金を盗もうとした男が、箱から出てきた女性たちに反撃されたりして、最後には燃やされる。

 映像トリック自体はこれまでの焼き直しなのだが、一連のストーリーの中に組み込まれて、息吹を与えられている。金を盗もうとした男が、徐々にひどい目に遭っていくのだが、その「徐々に」というところにメリエスのエンターテイナーとしての腕を感じる。


「THE HUMAN FLY(L’HOMME-MOUCHE) 」(1902)
 
 女性たちに手拍子に乗って、男が壁に立ってダンスをする。

 壁の絵を書いた床でダンスをする男を真上から撮ったショットと、女性たちのショットを二重映しで撮影した作品で、メリエスの工夫が感じられる。さらに、壁から地面に降り立つところもワン・ショットで見せてくれるところに、観客が求めているものをメリエスが掴んでいることを証明している。

 私が見たバージョンは着色されていた。


「AN IMPOSSIBLE BALANCING FEAT(L’EQUILIBRE IMPOSSIBLE) 」(1902)
 
 4人に分割されたメリエス。1人のメリエスが頭と両手の上に、3人のメリエスを乗せてみせる。

 真上から撮ったショットと、正面から撮ったショットを組み合わせた作品。映画草創期は、アクロバットを得意とする芸人の技を撮影したものも多かったが、この作品はメリエス流のアクロバット映画となっている。


「GULLIVER’S TRAVELS AMONG THE LILLIPUTIANS AND THE GIANTS(LE VOYAGE DE GULLIVER A LILLIPUT ET CHEZ LES GEANTS) 」(1902)
 
 ガリバー旅行記の小人の国と巨人の国の一部分を映画化。

 思えば、メリエスのトリックに「ガリバー旅行記」ほど、ぴったりと来る設定はない。二重露出を使って、小人と巨人を見事に表現してみせる。残念なのは、物語として作られていないこと。あくまでも一場面として作られているが、どうせならもう少し長いストーリーとして見てみたかった。


「THE CORONATION OF EDWARD VII(LE SACRE D’EDOUARD VII) 」(1902)
 
 イギリスのエドワード七世の戴冠式を再現して見せた作品。

 戴冠式が行われた会場や儀式の手順などを念入りに調査し、徹底的に再現して見せたと言われる作品である。再現であると明言したが「ニセモノ」だという批判を受けたとされているが、おそらく興行者によっては、本物と称したところもあっただろう。この作品は、実際の戴冠式より前に撮影されていたという。戴冠式が終わったら、すぐに売ることができるようにということかもしれない。

 とはいえ歴史的価値は別として今から観ると、戴冠式の再現は決して面白いものではない。教会の書き割りの出来栄えが見事なことは伝わってくるが。


「L'OEUF DU SORCIER」(1902)

 製作国フランス 英語題「THE PROLIFIC MAGICAL EGG」
 スター・フィルム製作 監督・製作・出演ジョルジュ・メリエス

 マジシャンが巨大な卵を取り出しテーブルの上に置く。すると卵が女性の顔に変わっていく。

 メリエスは自身がマジシャンに扮した作品を多く残しており、この作品もその1つ。手の中にあるはずの卵を消して見せたりといった古典的なマジックに、映像トリックを組み合わせている。

 ラストで自身は骸骨になって運ばれていくというラストまで、エンターテインメントに満ちた作品だ。


「ERUPTION VOLCANIQUE A LA MARTINIQUE」(1902)

 製作国フランス 英語題「ERUPTION OF MOUNT PELE」
 スター・フィルム製作 監督・製作・出演ジョルジュ・メリエス

 ジオラマで撮影された火山爆発。

 一見して本物かと思うほど良く出来たジオラマ(モノクロで映像が荒いためもあるが)で、メリエスの美術面での優秀さを感じさせる。


私が見たメリエスの映画が見られるDVD・ビデオ
「THE MOVIE BEGIN」(アメリカで発売されているDVD)
「Georges Melies: First Wizard of Cinema (1896-1913)」(アメリカで発売されているDVD)
「フランス映画の誕生」(ジュネス企画
本「死ぬまでに見たい映画1001本」の付録
死ぬまでに観たい映画1001本