ジョルジュ・メリエス作品集(9)
「秘密の賭博場(The Scheming Gambler's Paradise)」(1905)
秘密の賭博場でギャンブルに興じる人々。警察が来ると一瞬で縫製工場へ変わる。ついに警察に踏み込まれるが、急いでギャンブルに興じていた人々は逃げ出し、残された警官たちはギャンブルをはじめる。
警察が来たときに、一瞬で縫製工場に変わるのが見所。といっても、ここでは映画的なトリックは使われておらず、工夫を凝らされたセット(真ん中でバタンと閉じられるようになっていて、閉じるとルーレットのテーブルが一瞬で普通のテーブルとなる)が見所となっている。
2回目の警察の突入の際には、人々が逃げ出した部屋の中に警官隊が突入し、暗闇の中での警官同士によるドタバタが展開する。メリエスの作品なので、舞台の上でのドタバタであり、空間的な広がりはない。
全体的にテンポがいいのが特徴。奇術師であるメリエスの作品は、常に観客が楽しめるようなテンポで作られているように思える。
「THE MAGIC DICE(LE PHENIX OU LE COFFRET DE CRISTAL)」 (1905)
貴族が巨大なサイコロの中から女性を登場させてみせる。
トリックはこれまで通りだが、巨大なサイコロという見た目のキッチュさに、巨大なサイコロの中からニョキニョキと別のサイコロガが出てきて、タケノコのように上へと伸びていくという発想の面白さが特徴的。その中から女性が登場するのだが、もはやサイコロでも何でもよく、摩訶不思議な世界が広がっている。
「THE LILLIPUTIAN MUNUET(LE MENUET LILLIPUTIEN)」(1905)
小人のような王族たちがメヌエットを踊り、やがてトランプのカードになる。
ゆったりとした雰囲気で、他のメリエス作品にはない優雅な印象を受ける。王族たちを小人のように見せるための二重露出の線が見えてしまい、バレバレなのが残念。
「THE PALACE OF THE ARABIAN NIGHTS(LE PALAIS DES MILLE ET UNE NUITS)」(1905)
王様に姫との結婚を拒絶されたプリンスが、地下に眠る財宝を手に入れて、姫との結婚を許してもらう。
アラビアン・ナイトの物語の映画化である。20分に渡る作品で、当時の基準としては堂々たる大作といえるだろう。衣装、セット、小道具も豪華で金がかかっていることが分かる。だが、金がかかっているのは、舞台的な部分である。たとえば、森の奥へ奥へと入っていくシーンでは、木の書き割りが左右上下に動くことで表現されている。
地下で巨大な火の玉やスケルトンの大群に襲われるシーンでは、二重写しが駆使されて見事な迫力だ。手作り感溢れるデザインのドラゴンも、キッチュな魅力を放っている。
ナレーションがなければ登場人物を見分けることが難しいといった点を差し引いても、メリエスの夢幻劇作家としての実力を示した作品といえるだろう。だが、一方で金のかかっていると思われる作り方と、これまでの焼き直し的な内容は、この後のメリエスの凋落を予言するようでもある。
「A CRAZY COMPOSER(LE COMPOSITEUR TOQUE)」(1905)
悩める作曲家が眠りに落ちると、ダンサーたちが現れて様々なダンスを見せてくれる。
バレエの振付師や時計職人など、悩みながら眠りに落ち、そこでファンタジックな映像が展開されるという作品も他にもある。ファンタジーを正当化する要素としては、夢が最適だからだろう。
この作品が特異的なのは、眠りに落ちた後のダンス・シーンだろう。これまでにない人数の女性たち(化け物たち)が登場して、まさにダンスを見せるためだけに踊りまくる。その楽しさは、後年のミュージカル映画を見るかのようだ。
しかも最後は、発狂したかのような作曲家が、ピアノにダイビングして爆発する。シュールで勢いのあるラストだ。
「AN ADVENTUROUS AUTOMOBILE TRIP(LE RAID –PARIS-CARLO EN DEUX HEURES)」(1905)
ベルギーの国王が、フランスのパリからモンテカルロまでを自動車で旅行する。
当時実際のベルギーの国王が行った旅行を元にした作品だという。
ミニチュアを使ったり、途中でストップ・モーションを使った入れ替えが使われたりと、メリエスの作品の特質も見ることができるが、それ以上にこの作品を特徴付けているのは、スラップスティック・コメディであるということだ。
おそらくかつてのヴォードヴィルのコメディを取り入れたと思われる大人数によるドタバタは、これまでのメリエス映画にはなかったものだ(巨人など実際にヴォードヴィルで活躍したと思われる人々も登場する)。これはこれで面白いのだが、メリエスの特質が薄まってしまってもいる。
「UNEXPECTED FIREWORKS(UN FEU D’ARTIFICE IMPROVISE)」(1905)
路上で眠ってしまった浮浪者を驚かすために、6人の男たちが花火を持ってきて火をつける。
メリエス流の映像トリックは使われず、ヴォードヴィルのコントが演じられているものを撮影した印象を受ける。この頃のメリエスは人気が徐々に落ちてきていたと言われる。ヴォードヴィルを導入することで、新たな活路を開こうとしているのかもしれないが、映画は他でも見たことがある平凡なものになってしまっているように感じられた。
「RIP’S DREAM(LA LEGENDE DE RIP VAN WINCKLE)」(1905)
木こりが、森に現れたゴーストがくれた酒を飲むと眠ってしまう。起きるとそこは20年後の世界だった。
アーヴィング・ワシントンによる19世紀の小説「リップ・ヴァン・ウィンクル」を原作とした作品である。
ウィンクルは酒飲みという設定で、夢の中で痛い目に遭うことで悪習を辞めるという教訓話にもなっており、当時社会問題となっていたアルコール中毒について触れた作品でもある。
メリエスの見事な美術による書き割りは、舞台化された作品を撮影したものとしての魅力を増している。一方で、メリエス流の映像トリックはスパイス的に使われているものの、映画全体の印象は非常に舞台的だ。
私が見たメリエスの映画が見られるDVD・ビデオ
「THE MOVIE BEGIN」(アメリカで発売されているDVD)
「フランス映画の誕生」(ジュネス企画)
本「死ぬまでに見たい映画1001本」の付録