チャールズ・チャップリンの映画デビュー

 マック・セネット率いるキーストン社から、今でも圧倒的な知名度で映画史に名を刻んでいる1人の人物の映画が公開されている。それは、チャールズ・チャップリンである。

 ここに、おもしろい話がある。セネットは舞台で老人役を演じているチャップリンをスカウトし、実年齢は40代くらいだと思っていたというのだ。当時、キーストンの喜劇役者の大部分は40代だったという。チャップリンは、セネットの勘違いによって、キーストン社の中では異色の存在となったのだった。

 1913年に、キーストン社と契約したチャップリンは、「成功争ひ」(1914)で映画デビューを果たしている。ヘンリー・レーアマンが演出したこの作品では、小型の優雅な半長靴を履き、鼠色のフロックコートを着た伊達男兼意地の悪い詐欺師を演じた。

 次作の「ヴェニスの自動車競走」(1914)では、早くもトレードマークとなる山高帽、チョビひげダブダブのズボンにドタ靴にステッキという姿で登場している。

 レーアマン演出の「夕立」(1914)では、おなじみの浮浪者の格好で出演しており、独特の歩き方も見られる。独特の歩き方は、チャップリンが所属していたヴォードヴィルのカルノ一座の出し物「鳴かない鳥たち」から取られているという。

 当初は、キーストン社のスター喜劇女優であるメイベル・ノーマンドの相手役も努めるなど、演じるタイプは様々だった。毎週1本映画に出演し、10本をとり終えた頃には、浮浪者の格好が定着してきた。

 チャップリンはすぐに人気者となった。そのために、現場からは嫉みを買ったりもしたという。キーストン社で女王のような存在だったメイベル・ノーマンドがチャップリンをかばったという話もある一方で、「メイベルの身替り運転」(1914)の撮影中に、監督のメイベルとチャップリンが対立してチャップリンが解雇されかけたという話もある。このときニューヨークの本社から、一刻も早くチャップリンの映画を製作するよう要求したため、チャップリンは解雇を免れて、監督もするようになったという。

 チャップリンは自伝の中で、「チャップリンの総理大臣」(1914)という2巻もので監督デビューを果たしたと語っているが、実際には「恋の20分」(1914)という作品が初監督作であるという。ちなみに「総理大臣」には身分の詐称というチャップリン映画にこの後も登場するモチーフが見られる。チャップリンは以後、ほとんどの出演映画の監督を務めたが、ノーマンド、ロスコー・アーバックルといった他のスターが出演する場合には脇に回ることもあった。 ※最近の研究で、「総理大臣」はメイベル・ノーマンド監督作らしい。

 チャップリンはあくまでもキーストン俳優の一人で、後年に発揮する魅力はまだ影を潜めていた。それは、スター・システムよりも俳優集団方式をとっていたセネットの方針によるものでもあった。

 「醜女の深情け」(1914)は、マック・セネット監督作で、マリー・ドレスラーやメイベル・ノーマンドといったキーストンのスターが多く出演した大作で、チャップリンはあくまでもセネット映画の駒の1つとして出演している。

 キーストン時代のチャップリンが演じたキャラクターの共通点としては、「残忍さ」が挙げられる。ジョルジュ・サドゥールは次のように述べている。

「観客は、乱暴で、嘘つきで、狡猾で、酔払いで、残酷なチャス(チャップリン)に一体化することはできないし、それぞれの不幸は彼にとっては当然の罰である」

 チャップリンのキャラクターが残忍であっても、チャップリン映画はその独特のキャラクターやドタバタのおもしろさから大ヒットした。特に酔払い役が受け、日本では「アルコール先生」(または「茶風鈴先生」)と呼ばれ人気を得た。契約から1年後、チャップリンは週給1,250ドルを提示したエッサネイ社に移籍することになった(セネットはチャップリンに週給400ドルを提示した)。エッサネイ社はブロンコ・ビリーのシリーズでスターとなったギルバート・M・アンダーソンが経営する会社だった。エッサネイ社ではチャップリンは独占的なスターの座と自らの脚本で監督をする特権を得て、ヒット作を生み出していくこととなる。

 この年公開されたチャップリン映画には他に次のような作品がある。

「メーベルの奇妙な苦境」「新米活動屋」「もつれタンゴ」「好みの気晴らし」「幻燈会」「メーベルの身替り運転」「恋の20分間」「にわか雨」「忙しい1日」(「つらあて」)「ノックアウト」「メーベルの忙しい一日」「メーベルの結婚生活」「笑いガス」「チャップリンの小道具係」(「舞台裏」)「チャップリンの画工」「レクリエーション」「男か女か」「チャップリンの看護人」「両夫婦」(「二組の夫婦」)「新米雑役夫」「恋の痛手」「チャップリンのパン屋」「アルコール先生ピアノの巻」「他人の外套(逢い引きの場所)」「夫婦交換騒動」「アルコール先生原始時代の巻」



(映画本紹介)

無声映画芸術への道―フランス映画の行方〈2〉1909‐1914 (世界映画全史)

無声映画芸術への道―フランス映画の行方〈2〉1909‐1914 (世界映画全史)

映画誕生前から1929年前までを12巻にわたって著述された大著。濃密さは他の追随を許さない。