トマス・H・インスとウィリアム・S・ハート

 トライアングルのインス組ではレジナルド・バーカーが筆頭補佐役で、ジャック・コンウェイフランク・ボーゼージといった人物が監督として所属していた。実際にはインスが監督した作品ではなくとも、インス組の作品は、インスの作品として上映された。そんなインスが監修したケイ・ビー社の作品は200本に上った。インス組では作品は流れ作業で製作され、3週間以上はかからなかったと言われている。題材は、気前の良い盗賊、勇気のある保安官、善良な悪人などの、民間伝承による人間を描いた。インス組の作品においては、脚本家C・ガードナー・サリヴァンの功績も大きかったという。サリヴァンとバーカーによって、ウィリアム・S・ハートが演じるリオ・ジムのキャラクターを作り出したといわれている。

 インスの元で映画に出演しており、リオ・ジム役で国際的な人気を得たウィリアム・S・ハートは、「男の男」(1915)「二挺拳銃」(1915)といった作品で、その人気をさらに高めている。「グッド・バッド・マン(善良な悪人)」役を得意としたハートの映画は、アウトローが愛に目覚めて正道に返るという内容のものだった。

 インスの映画は高く評価された。フランスの映画批評家で映画製作者でもあるルイ・デリュックは、インスをグリフィスより優れた存在として評価し、「グリフィスは昨日の人である。インスは今日の人である」と語っている。

 また、ジョルジュ・サドゥールは「世界映画全史」の中で、次のように書いている。

「トライアングル社のスタジオでは、審美的な実験よりも観客を感動させ、<お金を儲ける>のに有効な手法の実践が重要であった。それ以上の何ものもなかった。しかし、この製作者と彼の監督たちは、ほとんど無意識のうちに芸術を作り出していたし、彼らが見つけ出したものが、意識的な芸術家への道を切り開いた」



(映画本紹介)

無声映画芸術の開花―アメリカ映画の世界制覇〈1〉1914‐1920 (世界映画全史)

無声映画芸術の開花―アメリカ映画の世界制覇〈1〉1914‐1920 (世界映画全史)

映画誕生前から1929年前までを12巻にわたって著述された大著。濃密さは他の追随を許さない。