映画評「チート」

 ジェシー・L・ラスキー・フィーチャー・プレイ製作 パラマウント配給
 製作・監督・編集セシル・B・デミル 出演ファニー・ウォード 早川雪洲

 「チート」はセシル・B・デミルの作品としても有名だが、日本ではやはり早川雪洲の主演作ということで有名といえるだろう。早川はこの作品の前に「タイフーン」(1914)「火の海」(1915)といったトマス・H・インスの作品に出演しているのだが、日本ではDVDで発売されていない。

 「チート」は比較的簡便に見ることができる早川作品ともいえるが、同時に比較的簡便に見ることができる1910年代の半ばのサイレンと作品とも言える。チャップリンやグリフィスを除くと、日本でDVDになっている1915年の作品は、「チート」と同じデミルが監督した「カルメン」(1915)くらいだ。

 「チート」は最初に登場人物の紹介がある。この方法は、他のサイレント映画でも使われているが、すんなりと映画に入ることができる意味でわかりやすい。

 ストーリーも非常にわかりやすい。44分という短い上映時間の中で、スムーズに物語は進む。この辺はセシル・B・デミルの手腕が光るところだろう。1913年に「スコウマン」で監督デビューしているデミルは、2年後のこの作品では、オリジナルのストーリーをよどみなく語る術を心得ている。

 早川雪洲の演技は当時絶賛されたのだという。抑えた演技や表情が、当時の大げさな身振りによる演技にはない魅力を放ったという。そこには、クロース・アップやミディアム・ショットを多用したデミルの手腕によるところも大きいのだろうと思う。アップなくしては、抑えた演技や表情は何もしていないのと同じになってしまう。また、早川はセックス・シンボルとしても魅力を放っていたといわれている。これは、アメリカ人女性から見て日本人が物珍しく、エキゾチックに見えたという点も手伝ったのではないかとも思う。

 それよりも、この映画を特徴付けている最大の点は、やはり焼印だろう。ありきたりといえばありきたりの社交界を舞台にした三角関係のドラマは、アメリカ人夫婦の愛に収斂していくという平凡なものだ。だが、胸がはだけそうになるほど半狂乱となったファニー・ワードが、裁判所に集まった人々に押された焼印を見せて夫の無実を証明するシーンの盛り上がりは、特筆に価する。

 早川雪洲にばかり話題が行きがちな「チート」は、その裏でファニー・ワードの熱演(ちなみに、この映画公開時のファニー・ワードの年齢は42歳だ。映画で見る限り、20代に見える)と、盛り上がる脚本と、脚本をよどみなく映画化したデミルによって現在でも見ていておもしろい作品に仕上がっていると思う。

 もう1つこの作品の特徴を書くとしたら、内容の非特殊性だろう。たとえば同じ1915年のD・W・グリフィスによる大作「国民の創生」は南北戦争の知識が多少は必要になる。少なくとも、より深く理解するためには必要になる。だが、この作品にはそういった予備知識はまるで必要ない。別に社交界についての知識がなくとも問題はない。株についての話が出てくるが、知らなくても問題はない。なぜなら、登場人物が金を失ったり、得たりすることが重要だからだ。この非特殊性は、この作品をインターナショナルなものにしている理由の1つだろう。だから、誰が見ても楽しめるようになっている。「チート」はその意味でも、後のハリウッドの路線を先取りした、初期ハリウッド映画の代表作といえるだろう。「国民の創生」はグリフィスの映画ではあるが、ハリウッド映画という匂いはしない。

チート [DVD]

チート [DVD]