ロシア映画 その他 1916年

 
 「クレショフ効果」で有名なレフ・クレショフが、17歳でハンジョンコフ撮影所に採用され、エフゲーニ・パウエルの美術担当となり、パウエルが事故死したために「幸福を求めて」を完成させている。この後、ボリス・チャイコフスキーの美術を担当するが、チャイコフスキーの考え方と会わずにハンジョンコフ社を去り、コズロフスキー・プロで監督となることとなる。

 また、劇作家のフセヴォロド・メイエルホリドは、プシビシェフスキー原作「強い男」(1916、1917)を監督している。

無声映画芸術の開花―アメリカ映画の世界制覇〈2〉1914‐1920 (世界映画全史)

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