D・W・グリフィス監督作「世界の心」

原題「HEARTS OF THE WORLD」 製作国アメリ
D・W・グリフィス・プロダクションズ、フェイマス・プレイヤーズ=ラスキー・コーポレーション、ウォー・オフィス・コミッティー製作 パラマウント・ピクチャーズ、アートクラフト・コーポレーション配給

製作・監督・脚本D・W・グリフィス 出演リリアン・ギッシュ メイ・マーシュ ロバート・ハロン ドロシー・ギッシュ

 「イントレランス」を撮ったグリフィスは、当時のイギリスの首相の依頼で「世界の心」を監督した。イギリス側の狙いは、アメリカの第一次大戦への参戦を促すことだったが、「世界の心」の完成を待たずにアメリカは参戦した。しかし、当然のことながら、「世界の心」は連合国側のプロパガンダ映画の匂いをプンプンさせている。

 プロパガンダ映画の製作を受け入れた代わりにグリフィスが得たのは、戦場を撮影する権利だった。イギリス政府の援助の下(グリフィスや主演のリリアン・ギッシュらがアメリカからヨーロッパへ渡る際にも、イギリス政府が保護をした)、グリフィスは第一次大戦の前線での撮影を比較的安全に行うことができたのだった。また、「イントレランス」(1916)の興行的失敗によって、資金的に厳しい状態にあったグリフィスにとって、資金的な援助もありがたかったことだろう。

 プロパガンダ映画となるということは、連合国の敵国であるドイツ軍を、ひいてはドイツ人を悪く描く必要があった。「リリアン・ギッシュ自伝」によると、グリフィスはこのことを非常に悩んだという。グリフィスにとっては、人はすべて平等だというのが信念だったからだ。「国民の創生」(1915)の黒人の描き方は人種差別的だと言われるが、グリフィスとしては、当時の南部を描いただけであって、黒人を差別するつもりはなかったのだという。だが、一方で、「イントレランス」で世界人類のすべての人に向けたメッセージ映画が興行的に失敗したことから、メッセージはもっと狭い人々に対して送るべきなのではないかとも考えていたという。

 「世界の心」は、グリフィスに連合国側から描くという制約を与えたことで、メロドラマの色彩が濃くなり、それによってむしろ戦争の悲惨さが描かれたように私には思える。「イントレランス」のように、大所高所から鳥瞰するように描いた作品ではなく、1組の愛し合う男女に焦点を絞ったことによって、苦しみや悲しみが増幅されているように思える。このことは、ドイツ人を悪役として描かなければならないマイナスをはるかに凌駕していると私は考える。

 フランスの田舎町に隣り合って住むアメリカ人の2つの家族。家族にはそれぞれ娘(リリアン)と息子(ロバート)がいる。リリアンとロバートは愛し合い、婚約する。しかし、そこに第一次大戦が勃発する。出征するロバート。残されたリリアンと家族たちは爆撃とドイツ人の占拠に恐れおののき、両親たちは死んでしまう。当初はドイツ軍が優勢だったが、連合国軍が盛り返し、村を取り戻す。リリアンとロバートも再会するのだった。

 2人の男女が出会い、恋愛関係へと発展する序盤は、はっきりいって退屈といってもいい。まだ幼いロバートの末の弟の無邪気な魅力や、2人の恋の邪魔をする女性(ドロシー・ギッシュ)のお転婆な魅力がなければ、退屈の極みとなっていたかもしれない。

 戦争が始まり、映画は俄然活気を帯びる。前線で撮影されたという群集による戦闘シーンは、はっきりいって、個性に欠けてつまらない。それよりも見所は、リリアンを始めとする一般市民たちの苦しみだ。爆撃でリリアンの父親は死んでしまう。その際一瞬だけ、父親の死体が映る。死体は上半身と下半身が分断されていた。一瞬しか映らないが、グリフィスが戦争による実際の被害の悲惨さを映し出していることは評価せずにはいられない。他にも、ロバートの弟たちが自ら穴を掘って、死んでしまった母親を生めるシーンの悲しさは、「世界の心」を戦争の悲惨さを描いた作品として記憶に残るに足るものにしている。

 父親を失ったリリアンが半狂乱となり、フラフラとロバートを探しに戦場へと向かうシーンも忘れがたい。リリアンは偶然にも気絶したロバートを見つけるが、疲労困憊からロバートの横に倒れて眠ってしまう。その日は、2人が婚礼を挙げるはずの日だった。字幕で「こうして二人は結婚して最初の夜を迎えた」と出たとき、サイレント映画ならではの魅力が映画を包んでいた。

 半狂乱となったリリアン・ギッシュの演技にも触れなければならない。父親を失い、絶望に暮れたギッシュの顔のクロース・アップは他のグリフィス映画にも負けない雄弁さを秘めている。リリアンとドロシーの姉妹は、陰と陽で「世界の心」を支えている。

 メロドラマといってしまえばそれまでだし、メロドラマとしての「世界の心」は、前述したリリアンとロバートの結婚初夜以外に魅力的な部分は感じられない。そのため、「世界の心」は冗長な印象も受ける。しかし、その一方で、戦争の悲惨さは確実に刻み込まれている。いくら、最後に連合国軍(特にアメリカ軍)を称えようとも、グリフィスが刻み込んだ戦争の悲惨さはいささかも色あせることはないだろう。


D・W・グリフィス傑作選 [DVD]

D・W・グリフィス傑作選 [DVD]

リリアン・ギッシュ自伝―映画とグリフィスと私 (リュミエール叢書)

リリアン・ギッシュ自伝―映画とグリフィスと私 (リュミエール叢書)