映画評「散り行く花」

原題「BROKEN BLOSSOMS」 製作国アメリ
D・W・グリフィス・プロダクションズ、パラマウント・ピクチャーズ製作
ユナイテッド・アーティスツ配給
製作・監督・脚本D・W・グリフィス 出演リリアン・ギッシュ リチャード・バーセルメス

 D・W・グリフィスは「イントレランス」の興行的失敗によって、多額の借金を背負った。借金の返済のために、パラマウントのアドルフ・ズーカーに雇われて監督しながらも、グリフィスは死んではいなかった。チャップリン、フェアバンクス、ピックフォードと、製作者主導の会社「ユナイテッド・アーティスツ」を設立したことからも、グリフィスの映画への情熱が消えていなかったことがわかる。そして、「散り行く花」では、グリフィスの映画監督としての腕前が衰えてしまったわけではないことがわかる。

 舞台はロンドン。スラムに住む、仏教の平和的な教えを西洋に教えることをかつて夢見ていた中国人青年は、夢破れて今では雑貨屋を営んでいる。一方、父親の暴力に笑顔を忘れた1人の少女がいる。あるとき、父親に鞭打たれた少女は中国人青年の前で倒れてしまう。手厚く看病する中国人は少女を愛するようになり、少女はこれまで味わったことのない安楽を見出すのだが・・・。

 ストーリーはわかりやすい。単純なメロドラマといってしまえばそれまでだ。しかし、幼児虐待や人種差別といった社会的な問題を含んだストーリーは、単純なメロドラマとはなっていない。グリフィスは簡潔に、極めて簡潔にストーリーを語ることによって、「散り行く花」の持つストーリーの力強さを映像に焼き付けることに成功している。

 セットで組み立てられたというロンドンの街並みにはリアリティがある。セットは限られており、空間的な広がりは感じられないが、そのことが逆に狭い世界の物語である「散り行く花」にはしっくりとくる。

 少女のルーシーを演じたリリアン・ギッシュが素晴らしい。「国民の創生」(1915)や「世界の心」(197)に出演していたギッシュは、パーツの一部という印象を受けた。しかし、「散り行く花」の成功はギッシュなくしては考えられない。父親に「笑え!」と命令され、指でVサインを作って口の端を持ち上げて笑顔を作るシーンは、ギッシュの即興をグリフィスが採用したという。この即興がなければ、死に行くルーシーが「残酷だった世界に」笑顔を残すシーンもなかったことだろう。だが、そのことよりも私の胸を打ったのは、この笑顔をつくシーンでのギッシュの演技の素晴らしさだ。口元は笑顔の形になっているが、その表情は悲しい。悲しすぎるほど悲しい。アイデアだけではいいシーンにはならない。それを実行できる女優がいなければ、すなわちリリアン・ギッシュがいなければ、アイデアも無に帰していたことだろう。ルーシーがクローゼットに逃げ込み、父親が斧でドアを破るシーンでの、ギッシュの怯える演技の素晴らしさに説明は不要だ(このシーンは「シャイニング」(1980)を思わせる。どちらも、怯える女優の演技が素晴らしい)。

 ギッシュは当初、20歳を超えており、少女役での出演を渋ったという。グリフィスの説得によって出演を決めたらしいが、ギッシュが出てくれて本当に良かった。グリフィスは後年、ロンドンで「散り行く花」のリメイクを撮影しようとするが、実現しなかった(映画は別の監督で完成している)。このとき、グリフィスは計画がうまく進んでいなかったことに飲酒も手伝って、ギッシュに「今すぐここに来てくれ!!」という電話をかけたという。このせつないエピソードも「散り行く花」のギッシュの素晴らしい演技があってこそだ。

 「散り行く花」においては、ギッシュの演技の功績が最も大きいとしても、グリフィスのテクニックも貢献している。グリフィスが映画話法として完成させたというクロース・アップも、「散り行く花」では大胆なまでに役者の顔に近づくことで、ルーシーの心理を表現することに成功している。

 「散り行く花」には原作があり、原作では中国人青年とルーシーの描写はもっと性的だったというが、映画ではあまり描かれていない。これは、「永遠の処女」を描き続けてきたグリフィスの意向が強いものと思われるが、それよりも大事なことは、その変更が「散り行く花」のストーリーにしっくりくるように思えることだ。暴力的な父親の圧倒的な支配によって生きてきたルーシーにとっては、人の優しさに触れることは初めてだっただろうし、人を愛するということがどういうものかはわからなかったことだろう。そんなルーシーと中国人青年の間に性的な要素が入り込むには、まだ早すぎるのだ。もし、ルーシーとチェンがこの先、もっとお互いを知る時間があれば、そうなったであろうに・・・という予感程度が、「散り行く花」にはしっくりとくる。ただし、中国人青年がルーシーに性的な意味合いで思いを寄せていると思わしきシーンは多々ある。特に、中国人青年がルーシーに近寄るときに極端なクロースアップとなり、ルーシーが怯える。結局中国人青年は何もせずに、「青年の純粋な愛は誰もが認めるところだった」という字幕がわざわざ入る展開は、中国人青年が性的な思いを抑えているということを示しているように思えた。

 それにしても、「散り行く花」のストーリーは悲しい。父親の暴力に苦しむ子供が登場する映画は他にもあるが、「散り行く花」は暴力によって最終的には殺されてしまうのだ。死に至るまでの虐待を描いた作品はそれほど数多くはない。その意味で、「散り行く花」のストーリーの絶望的なまでの悲劇性は現在の視点から見ても特筆すべきものだ。

 「散り行く花」はなるべくグリフィスから離れてみるべきものだろう。「国民の創生」や「イントレランス」ほど、グリフィスの刻印は深く刻まれた作品ではないからだ。それよりも、何気なく見て、ギッシュの素晴らしい演技や、信じられないほど絶望的なストーリーを味わうことができれば、「散り行く花」の本領を味わえることだろう。


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