映画評「蜘蛛」

 製作国ドイツ 原題「DIE SPINNEN」 
 製作デクラ・フィルム・ゲゼルシャフト 配給デクラ=ビオスコープ・AG 
 監督・脚本フリッツ・ラング 製作エーリッヒ・ポマー 撮影カール・フロイント

 宝の地図を手に入れたフーグは南米へと向かうが、宝のことを知った「蜘蛛」という名の犯罪者集団も南米へと向かう。フーグと蜘蛛の軍団はインカの集団に捕らえられるが何とか逃げ出す。今度はブッダの顔をしたダイヤモンドを巡ってフーグと蜘蛛の軍団が争いを繰り広げる。

 フリッツ・ラングの監督作であり、犯罪者集団が登場することから、後の「ドクトル・マブゼ」(1922)とも結び付けられそうだが、それよりも数年前に流行した連続映画の影響が強い。この作品は二部に分かれており、公開も分けられて行われている。元々は四部作の予定だったが、二作で終わってしまったという。

 犯罪者集団と1人の男との戦いという設定が、フランスの連続映画「ヴァンパイア」(1915)を思わせる。悪役に女性が登場するのも同じだ。だが、「ヴァンパイア」が30分弱のエピソードの積み重ねで、手を変え品を変えて様々な犯罪手法を見せてくれるのに対して、こちらは一部が約1時間あり、少し間延びしているように感じられる。また、登場人物の魅力も、犯罪を行使する方法が凝っている「ヴァンパイア」の悪役と比べると、こちらは少々大人しい。

 その代わり「蜘蛛」にあるのは、空間的な広がりと凝ったセットだ。アメリカで始まった物語は南米へと向かい、西部劇を思わせるメキシコや怪しげな中華街まで見せてくれる。後の「インディ・ジョーンズ」や007にもつながる規模の大きい冒険である。ロケ自体はドイツで行われたらしく、カメラ自体が世界各国を回ったわけではないが、そういった設定にすることが出来るのは映画ならではの楽しさだろう。また、「カリガリ博士」(1920)と同じ担当者による中華街のセットは、本物の中華街とは異なる作り物の魅力を放っている。言い換えればイメージの遊びである。

 当時、こういったタイプの冒険映画は流行しており、商業的な理由で作られたであろうこの作品を、ラングは無難に演出している。強烈な個性は映画のスタイルにも、登場人物のキャラクターにも、ストーリーにもない。ラングは「カリガリ博士」の演出を依頼されたが、こちらの作品が忙しくて断っている。ラングが「カリガリ博士」を監督していたら、果たしてあれほど個性的な映画が出来ていただろうか?

 ラングが高い評価を得る「死滅の谷」は、1921年の作品だ。映像的に表現主義の影響が見られる「死滅の谷」は、もしかしたら「カリガリ博士」の成功があったからこそ作れた作品かもしれない。この作品は、そう考えてしまうほど、ラングの個性には欠ける作品である。