映画評「奇傑ゾロ」

 原題「THE MARK OF ZORRO」 製作国アメリ
 ダグラス・フェアバンクス・ピクチャーズ製作 ユナイテッド・アーティスツ配給
 監督フレッド・ニブロ 出演ダグラス・フェアバンクス

 ダグラス・フェアバンクスの名は、サイレント期のハリウッドにおいて、最高のアクション俳優として光り輝いている。そして「奇傑ゾロ」は、そんなフェアバンクスの中でも特に知名度の高い作品だ。

 日本でビデオやDVDが発売されているフェアバンクスの作品の中で、「奇傑ゾロ」は最も昔の作品である。しかし、フェアバンクスは、「奇傑ゾロ」の前にも多くの作品に主演して人気を得ていた。「奇傑ゾロ」以前のフェアバンクスは、完全無欠の「ヒーロー」ではなく、普通のアメリカ人の延長にある人物を演じていた。

 「奇傑ゾロ」は、そんなフェアバンクスが原作を元に自らが脚色して映画化した「ヒーロー」ものである。ゾロ自体もこの後、ハリウッドでも映画化され、テレビシリーズ化もされる。また、アラン・ドロン主演のフランスの作品もあるし、製作から80近く経った後にもアントニオ・バンデラス主演で映画化されている。圧制をくじく正義のヒーローという勧善懲悪のわかりやすいストーリーに、アクションを絡めて観客を楽しませるというスタイルを、フェアバンクスは確立したといえる。また、ゾロはコスチュームを着ており、普段は正体を隠している。アメコミや日本の戦隊もののルーツも見て取ることができる。


 フェアバンクスは高い身体能力で有名だ。「奇傑ゾロ」でも、華麗な剣さばきを見せてくれるが、それよりもフェアバンクスを特徴づけているのは跳躍力だ。後半の兵士たちとの追いかけっこでは、フェアバンクスが軽々と飛び越えていく障害を、兵士たちがてこずりながら通っていくシーンを見せ、フェアバンクスの跳躍力の素晴らしさを印象付けることに成功している。

 その高い身体能力だが、それだけを単体で楽しもうと思ってみると、少し失望を覚えるかもしれない。例えば、塀をよじ登ったり、ターザンのようにロープを使って移動したりといったアクションは、確かに高い身体能力を感じさせてくれる。しかし、正直言って私はチャールズ・チャップリンの芸やバスター・キートンの技の方により高い身体能力を感じてしまう。

 「奇傑ゾロ」の最大の魅力は、フェアバンクスの高い身体能力単体ではなく、身体能力とストーリーの融合にあるのだと思う。普段、ゾロは自らの正体を隠し、ドン・ディエゴを演じている。ディエゴは愚鈍ともいえるキャラクターだ。ディエゴはハンカチで手品をしたり、手で影絵を作って遊んだりとあまりにもゾロとかけ離れている。ゾロとディエゴの対比があるからこそ、フェアバンクスの高い身体に能力は生きているように思える。これは、フェアバンクスの演技力あってこそだろう。

 演出も、ゾロが登場するシーンで冴えを見せる。特に、最初にゾロが登場するシーンが素晴らしい。飲み屋で「ゾロをやっつけてやる!」と息巻いて剣を振り回す兵士を、ゾロは飲み屋の2階から見ている。カメラはゾロの視点に切り替わり、兵士がゾロに気づく。周りにいた他の兵士たちもゾロに気づく。兵士たちのすべてをゾロが見透かしているかのような(実際、見透かしている)カメラの視点は、ゾロの余裕を映像化することに成功している。続いて起こるゾロと兵士の格闘も、圧倒的にゾロは余裕を持って戦うことからも、この演出が適切なものであることがわかる。

 「奇傑ゾロ」は、見事な脚本・演技・演出で、フェアバンクスが1人のアメリカ人から、万国の誰でもが応援したくなるような「ヒーロー」へと変身した作品だ。それは、ハリウッド映画が単なるアメリカ映画から世界に冠たる「ハリウッド映画」へと移り変わっていったことを意味しているようにも思える。

奇傑ゾロ [VHS]

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