映画評「隣同士」

 原題「NEIGHBORS」 製作国アメリ
 ジョセフ・M・スケンク・プロダクションズ製作 メトロ・ピクチャーズ・コーポレーション配給
 監督・脚本エドワード・F・クライン 監督・脚本・出演バスター・キートン

 フェンスをはさんで隣に住む女性を愛するバスターだが、両家の仲は最悪でいつもドタバタが繰り広げられている。

 「ロミオとジュリエット」的なシチュエーションだが、悲劇的な面はまったくなく、キートンはシチュエーションを楽しんでいるかのようで、最後には愛を掴み取る。

 キートンの持ち味が存分に発揮された、ギャグに次ぐギャグが見ていて飽きることのない好編。

 冒頭からよく出来ている。フェンスに出来た穴を通してラブレターをやり取りするキートンと愛する女性。そこにそれぞれの両親がやってきて、いつの間にか両親同士がラブレターのやり取りをしているかのようになり、トラブルとなる。

 といったシナリオ上のギャグに加えて、「隣同士」では視覚的なギャグが満載だ。両家の建物の間あるフェンスと、張られた洗濯用のワイヤーを使って、キートンは数々のアクロバティックなギャグを見せてくれる。隣の家の父親に突き飛ばされて、ワイヤーに引っかかったまま、互いの建物を行き来するギャグは特に優れている。

 途中、メインの舞台となる建物から外に出て警官との追いかけっことなる。ここでは、顔が泥で黒くなっていることから黒人と勘違いされ、それがギャグにつながる。秀逸なのは、顔の半分だけきれいにすることで、警官に黒人なのか白人なのかわからなくさせるギャグ。かつて、清水アキラが研ナオ子と谷村新司を半分ずつわけてモノマネしていたのを思い出させる。

 といった数々のギャグの最後には、取っておきのアクロバティックなギャグが用意されている。かつて、ボードビル時代に知り合った人々の協力を得て、キートンは3人の男性が肩の上に立って(1人の男性の肩の上に1人の男性が立ち、その上にさらにキートンが立って)歩くという技を見せる。しかも、彼らは走り、途中転んだり、マンホールに落ちたりもしてみせる。このシーンだけでも見る価値がある。

 「隣同士」はアクロバティックな技で運命を切り開く、キートン版「ロミオとジュリエット」となっている。キートンは相変わらず笑わないが、生命に満ち溢れた力強さが感じられる。

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