映画評「乗合馬車」

 原題「TOL'ABLE DAVID」 製作国アメリ
 インスピレーション・ピクチャーズ製作 ファースト・ナショナル・ピクチャーズ配給
 製作・監督・脚本ヘンリー・キング 出演リチャード・バーセルメス

 田舎町に住むデイヴィッドは、両親と兄アランらと共に暮らしていた。そんな中、隣に住むデイヴィッドと仲の良い娘のエスターの家に、親戚である犯罪者トレンスら3人がやって来る。ある日、ふとしたことから、トレンスがアランの頭に石をぶつけ、アランはベッドから起き上がれなくなってしまう。復讐を誓うデイヴィッドだが・・・。

 D・W・グリフィス監督の「散り行く花」(1919)や「東への道」(1920)に出演し、演技を認められてスターとなっていたバーセルメスは、ヘンリー・キングらと共に映画製作会社インスピレーション・ピクチャーズを設立していた。そこで作られたバーセルメスの最初の主演作である。1921年当時、バーセルメスは26歳、キングは25歳だった。2人の若者たちのチャレンジの結晶とも言える作品だ。

 バーセルメスが得意とした純朴な青年が、成長を果たしていく物語とも言える。今の観点から見ると、バーセルメス演じるデイヴィッドはいい子過ぎるように感じられてしまうかもしれない。当時20代の若者たちの作品とは思えぬほど、ここには老成しているとも言えるストーリーと、着実な演出がある。

 一方で、この物語は暴力の物語でもある。それはまるで、正義のために暴力に対して暴力を振るうことが、男の条件でもあるかのように捉えることも出来る。このいかにもアメリカ的な考え方を実践するのは、いい子であるデイヴィッドだ。純朴さもアメリカ人が価値を置く要素であることを考えると、この映画がいかにアメリカ的であるかということが分かる。ヒットするはずだし、評価もされるはずだ。

 バーセルメスは見事だ。表情が動きが、純朴さの塊である。ヴァージニア州でロケされた風景も、バーセルメスの演技にプラスの効果を挙げている。

 キングの演出は、着実でそつがない。逆に言うと特徴に欠けるとも思われるが、デイヴィッドとトレンスが室内で争っている描写の後、カメラは屋外からドアを映す。だが、なかなか誰も出てこない・・・という方法で、2人のどちらが勝ったのかをすぐに分からせずに緊張を高める演出は見事だ。

 この映画の内容は、バーセルメスの師とも言えるD・W・グリフィスが監督した作品に似ていると言われる。実際に、この映画の原作にはグリフィスも興味を持っていたのだという。バーセルメスの演じる役柄も、グリフィスが愛した純朴さを体現している。

 グリフィスの元からはバーセルメスがすで去り、「嵐の孤児」(1921)を最後にリリアン・ギッシュとの名コンビも解消する。そして、グリフィスは監督としての精彩を欠いていく。だが、グリフィスの魂は、バーセルメスやギッシュがそれぞれ映画として継承していくことになる。「乗合馬車」の産みの親はバーセルメスとキングだ。だが、祖父はグリフィスであるかもしれない。

乗合馬車【字幕版】 [VHS]

乗合馬車【字幕版】 [VHS]