映画評「マイ・ボーイ」

 原題「MY BOY」 製作国アメリ
 ジャッキー・クーガン・プロダクションズ製作 アソシエイテッド・ファースト・ナショナル・ピクチャーズ配給
 監督・脚本ヴィクター・ヒアマン 監督アルバート・オースティン 出演ジャッキー・クーガン

 「キッド」(1921)で一躍人気を得たジャッキー・クーガン主演の作品。総監修をジャッキー・クーガンの父親であるジャッキー・クーガン・シニアが担当し、製作もジャッキー・クーガン・プロダクションが担当している。

 内容は、「キッド」によく似ている。両親を亡くしたクーガン演じる少年(ジャッキー)は、年老いた元船乗りのキャプテンと共に生活するようになる。ジャッキーは、リューマチに苦しむキャプテンのために、路上で歌を歌ったり踊ったりして金を稼ぐ。最後には、金持ちの祖母がジャッキーを見つけてハッピーエンドを迎える。

 かわいそうな境遇と、それに負けない健気なジャッキーの活躍は、単純なメロドラマながらも、見ていて飽きさせないものがある。その魅力は「キッド」には遠く及ばないものの、「キッド」の成功の一因がジャッキー・クーガンにあることが「悪戯小僧」は教えてくれる。

 キャプテンのために路上で歌い踊るシーンでは、クーガンがただかわいいだけの子役ではなく、芸人でもあることを教えてくれる。また、キャプテンのために金持ちの夫人(実はジャッキーの祖母)のハンドバックを盗んだと思わせておいて、盗んだのはキャプテンに栄養を取らせるための果物だったという脚本上の展開も、ジャッキーの健気さを表現する一助となっている。キャプテンを演じる役者のしっかりした演技も、「キッド」のチャップリンとクーガンのコンビと比べるのはかわいそうだが、「悪戯小僧」をしっかりとした作品にする一助となっている。

 ただ、クーガンのかわいらしさに依存しているともいえ、ジャッキーが体を洗うというストーリー上不必要なシーンは、クーガンのかわいらしさを表現するためのみに存在するかのようで、クーガンを見つめるカメラの眼には小児愛的ないやらしさを感じたりもする。大ヒットした「キッド」を少しだけ変えただけの脚本といい、今が旬のジャッキー・クーガンの魅力でもうひと山当てておこうといういやらしさを感じたりもする。

 ジャッキー・クーガンの両親は、息子が稼いだ金をすべて使い果たし、クーガンが成人する頃には一文も残っていなかったという。そのことを知っていることもあり、「悪戯小僧」にはジャッキー・クーガンの可愛らしさの裏でうごめく大人の欲望が見えてしまう。作品自体は、決して悪くはないのだが。