映画評「山猫リュシュカ」

 製作国ドイツ 原題「DIE BERGKATZE」 英語題「THE WILDCAT」 
 PAGU(パーグ)製作 ウーファ配給
 監督・脚本エルンスト・ルビッチ 出演ポーラ・ネグリ


 山賊の女頭領のリュシュカと一味は、近くの砦に赴任してきた中尉アレクシスを襲って身ぐるみを剥ぐが、リュシュカはアレクシスに惚れてしまう。その後もリュシュカとアレクシスは、山賊と軍の戦場や、軍の戦勝パーティなどで繰り返し出会う度に惚れ合うようになり・・・


 当時のエルンスト・ルビッチはウーファ配給の映画を多く監督していた。そのジャンルは、「パッション」(1919)「デセプション」(1920)といった歴史劇から、「花嫁人形」「牡蠣の女王」(1919)といったコメディまで非常に幅が広い。歴史劇は手堅くまとめる一方で、コメディは遊び心いっぱいのメチャクチャ楽しい作品を連発している。


 「山猫リュシュカ」もまた、楽しいコメディだ。冒頭で紹介される中尉アレクシス。アレクシスは大モテのプレイボーイだったと字幕で紹介される。そして、アレクシスが赴任地を去る映像へと移る。街路はアレクシスが去ることを惜しむ女性たちの人・人・人。みんなハンカチを手にアレクシスに手を振り、アレクシスが乗った自動車が止まると群がる。最後には、アレクシスが種付けた大勢の子供たちまで「さようなら!パパ!」と手を振るというオチまでしっかりと決まっている。アレクシスの紹介での大げさな数の面白さと、テンポの良さ。このシーンだけで、「山猫リュシュカ」を見る目が変わった。「この作品は面白いぞ」と。


 「牡蠣の女王」にも見られた大げささだけが、「山猫リュシュカ」の面白さではない。舞台的ともいえるシュールなセット(もしかしたら「カリガリ博士」(1919)などのドイツ表現主義のパロディかもしれない)の魅力。砦のあちこちに配置された砦の隊長の彫像といい、実用性を無視した流線型の棚(人が横になるのにちょうどいい)といい、セットだけでも見る価値がある。


 シュールなセットは見た目だけではなく、アクションの舞台としても楽しませてくれる。特に、リュシュカが夢の中で繰り広げるアレクシスとの追いかけっこ。ここでは、後のハリウッド・ミュージカルを思わせる階段やポールを使って、夢ならではの幻想的なシーンを見せてくれる。


 舞台的ともいえるセットだが、映画は決して舞台的ではない。雪山を使った実景、二重露出などのカメラ・テクニックの活用など、映画ならではの魅力をきっちりと盛り込んでいる。最たるものは、画面に常にマスクがかけられて、ショットによって切り取られている点だろう。横に人が並んでいるときは上下を切ったシネスコのように、縦の構図のときは左右を切って縦長に、人物の表情を捉えるときは楕円に切って顔だけを捉える。他にも斜めに切り取ったり、ギザギザに切り取ったりと、ショットに合った切り取り方をしている。この切り取りは「山猫リュシュカ」最大の特徴であると同時に、映画監督ルビッチによる、飽くなきテクニックの探究の表れともいえる。


 リュシュカを演じているのはポーラ・ネグリだ。正直、これまでネグリの魅力を私はあまり分からなかったのだが、リュシュカを演じるネグリは本当に魅力的だ。豪快さから皆から好かれる一方で、ドレスや香水にも興味を持つかわいらしさを持つ。恋に一途の一方で、自分の恋に振り回される周りの人々への気づかいも忘れない。この複雑な役柄を、説得力を持って演じているネグリは称賛に値する。


 「山猫リュシュカ」は、同時代の全世界で作られていたコメディの中でも最上級に位置する作品だろう。アメリカ流のスラップスティック・コメディとは異なる魅力を持っている。シュールなセットと、映画的テクニックと、演技の見事さの総合によるコメディ。ドイツ時代のルビッチのコメディは、ハリウッド時代にはない面白さに満ち満ちている。