ドイツ F・W・ムルナウ「吸血鬼ノスフェラトゥ」の怪奇と幻想

 ドイツを代表する監督であるF・W・ムルナウ監督は、「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922)を監督している。ドイツ表現主義の作品と数えられることもある作品だが、舞台装置よりも、精神と脚本が表現主義的な作品とも言われる。脚本を担当したのは、怪奇と幻想の作家として有名だったヘンリック・ガレーンである。

 ムルナウはコマ落としやポジ・ネガ反転、フラッシュ・バックといった技巧を駆使して不気味な雰囲気を再現した。セットが抽象化される一方で、ボヘミア地方へロケを行って現存する古城・廃屋や自然描写を取り入れることによって、リアル感も生み出していた。

 吸血鬼を演じたマックス・シュレックのやせこけた顔は、その後の紳士的なドラキュラ象とは異なり、生ける屍といった雰囲気だった。後に著作権問題でフィルムの破棄を求める原作者ブラム・ストーカー夫人が最も嫌ったのは、シュレックが生み出したおぞましい不死者(ノスフェラトゥ)像だったとも言われている。

 岡田晋は「ドイツ映画史」の中で、「吸血鬼ノスフェラトゥ」について次のように書いている。

 「彼の意図するのは決して表現派のデフォルメでも、ラングの建築的造形でもなく、現実のなかから異常性を引き出す映像の力−−リアリティなのだ」

 物語の舞台となった地域でロケ撮影が行われたため、撮影日数は長期間に及んだという。また、宣伝費にも多額の金をかけ、1922年3月にベルリンで行われたプレミアの後には、豪華なパーティが開催されたりもした。その結果、プラーナ・フィルムの財政は破綻し、「吸血鬼ノスフェラトゥ」のみを残して、姿を消すことになる。

 ムルナウは他にも、農民のドラマで室内劇の影響が見られるという「燃ゆる大地」(1922)を、テア・フォン・ハルボウの脚本で、監督している。また、同じハルボウ脚本で、ノーベル賞作家であるゲルハルト・ハウプトマン原作の「ファントム」(1922)も監督している。


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