スウェーデン 気を吐くスティルレルと米国に渡るシェーストレーム

 衰退を続けていたスウェーデンだったが、モーリッツ・スティルレルが「グナー・ヘーデ物語」(1923)を監督して気を吐いている。没落した旧家の最後の相続人が、サーカスの女芸人に恋をして、すべてを売って恋を得ようとするが、失敗。発狂した身をソリに乗せられて、闇の中に運び去られるという内容である。

 三木宮彦は「北欧映画史」の中で、この作品を次のように高く評価している。

 「ロマンティックで神秘的な、暗い情熱に満ちたこの物語が、スティルレルの手で映画詩にまで高められた」

 そんな中、「燃ゆる嫉妬」(1923)などの失敗作が続いていたヴィクトル・シェーストレームは、MGMのルイス・B・メイヤーから勧誘を受けており、アメリカへと渡ることになる。人材の流出は、スウェーデン映画の衰退にさらに拍車をかけることになる。一方で、シェーストレームと契約していたスヴェンスカ社は、シェーストレームを手放す代わりに、MGM作品の独占配給権を得ている。

 その他の作品には、ヨーン・W・ブルニウス監督の「ヨーハン・ウルフスチェールナ」(1923)などがある。スウェーデン映画は、衰退の兆しを見せていたものの、当時はまだドイツと並んで、巨大なハリウッドに対抗できる作品を送り出していた。

 ジョルジュ・サドゥールは「世界映画全史」の中で、次のように書いている。

 「1923年、ハリウッドは、ロサンジェルスの影に隠れた町から、事実上世界の映画帝国の中心地になった。力を失ったフランス、無に帰したイギリス、破産したデンマーク、とどめの一撃を受けたイタリアを、ハリウッドの独占はほとんど恐れなかった。危険なほど勝ち誇っていたのは、スウェーデンとドイツの2国であった」