映画評「偽牧師」

製作国アメリカ 原題「THE PILGRIM」
チャールズ・チャップリン・プロダクションズ製作 アソシエイテッド・ファースト・ナショナル・ピクチャーズ配給
監督・製作・脚本・編集チャールズ・チャップリン 撮影ローランド・トザロー 美術チャールズ・D・ホール
出演エドナ・パーヴィアンス、シド・チャップリン、メエ・ウェルス、ディーン・リーズナー、チャールズ・ライスナー

 脱獄囚チャーリーは牧師の服を盗んで汽車でテキサスへ。そこで、新任の牧師と間違われるチャーリーは、歓迎を受ける。偶然再会したかつての囚人仲間は、世話になっている家の金を盗んで逃げ出してしまい、チャーリーは金を取り戻すために追いかける。

 当時、チャップリンが契約していたファースト・ナショナル社での最後の作品。この後チャップリンは、自らも設立に参加したユナイテッド・アーティスツ社を通して、映画を発表していくことになる。

 この当時のチャップリンは、自らの完璧主義による作品本数の減少と、ファースト・ナショナルからの作品の要求の狭間にいた。作品にもそのことは表れており、「犬の生活」(1918)「担え銃」(1918)「キッド」(1921)といった作品と、「一日の行楽」(1919)「のらくら」(1921)「給料日」(1922)といった作品を比べると、チャップリンの気合の入り具合の違いが伝わってくることだろう。ただし、後者が前者と比べて単純につまらないということではない。テーマ、キャラクターといった部分が、前者は冒険的であるのに対して、後者は保守的であるという意味においてである。

 「偽牧師」がどちらの作品なのかと考えると、もともとは60分だった(現在私たちが見られるのは約40分の再公開版)という点を考えると、当時のチャップリン映画としては大作といえるだろう。しかし、内容の点ではどちらかというと保守的に感じられる。

 脱獄囚のチャーリーが牧師と間違えられるという設定は、数多くのギャグを生み出すことに成功しているものの、ギャグを生み出す装置以上の役割は果たされていない。チャーリーが世話になっている家に、かつての囚人仲間が盗みに入り、チャーリーが止めるという展開は、「チャップリンの改悟」(1916)にも見られるものだ。アメリカとメキシコの国境で、どちらにも行くことができないチャーリーの姿に、世界市民としてのチャップリンの姿を見る考えもあるが、私にはそこまでチャップリンが考えていたかは疑問だ。

 とはいっても、「偽牧師」は高く評価したい。なぜなら、とてもおもしろいからである。先に挙げたラスト・シーンも単純にギャグとして面白い。教会の説法でダビデゴリアテの話をパントマイムで見事に話す有名なギャグも素晴らしいが、それよりも話を終えたチャーリーが大満足の様子で、カーテン・コールを受けるように、観衆の拍手を受けるように何回も脇に引っ込んでは出てくるギャグが楽しい。

 チャップリンのギャグというと、パントマイムの「芸」としての楽しさが中心だ。「偽牧師」でもそれは変わっていないのだが、映画的なギャグも盛り込まれていることも触れておきたい。それは、チャップリンの兄であるシドニーチャップリンが演じる男の帽子が、ケーキと間違われてクリームをかけられてナイフを入れられているのが発見されるシーンだ。ここで、チャップリンはシーン全体を編集なしで見せるのではなく、呆然とした周りの人びとの顔をクロース・アップで切り取って見せる。さらには、クリームだらけの帽子を返してもらったシドニーに対して、ある女性が「帽子はどこにあったの?」と聞き、シドニーは「彼らが食べていた」と答える。会話の部分はもちろんサイレント映画なので字幕だ。この編集のテンポが素晴らしい。チャップリンが編集という映画の魔法を使いこなしているのを見ることが出来る。だが、私が見たのは短く再編集されたバージョンなので、最初のバージョンでは違っていたかもしれない。

 「偽牧師」はファースト・ナショナル社最後の作品である。チャップリンはこの後、本当に自由に映画を作れるようになる。チャップリンの完璧主義を妨げるものは何もなくなり、製作本数は激減する。もちろん、今私たちが見られる、この後作られるチャップリンの映画だけでも十分満足だ。だが、ちょっと肩の力の抜けた「偽牧師」のような作品が作られなくなるかと考えると、残念な気持ちにもなる。

 ちなみに、この作品はエッサネイ時代からのチャップリンの相棒である、エドナ・パーヴィアンスとの最後の共演作である。そして、チャップリンエドナを主演にして「巴里の女性」(1923)を監督する。長年連れ添った相棒の主演作が、ついに完全に自由に映画が作れるようになったチャップリンの第一作となる。それほど、チャップリンエドナへの思いは強かったということだろう。


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