映画評「荒武者キートン」

製作国アメリカ 原題「OUR HOSPITALITY」
ジョセフ・M・シェンク・プロダクションズ製作 メトロ・ピクチャーズ・コーポレーション配給

監督バスター・キートン、ジョン・G・ブリストーン 製作ジョセフ・M・シェンク 脚本ジャン・ハベッツ、クライド・ブラックマン、ジョゼフ・ミッチェル 撮影ユージン・レスリー、ゴードン・ジェニングス 美術フレッド・ガブリー 衣装ウォルター・J・イズラエル

出演バスター・キートン、ジョー・ロバーツ、ナタリー・タルマッジ、ジョセフ・キートン、ラルフ・ブッシュマン

 キートン演じる青年のウィリー・マッケイは、地所の相続のために生まれ故郷の町へと汽車に乗って帰り、途中で美しい女性と出会い惹かれ合う。しかし、故郷の町についてみると、かつてマッケイ家と対立していたキャンフィールド家の男たちに命を狙われるハメに。しかも、汽車で出会った女性はキャンフィールド家の娘だった。

 バスター・キートンにとっては、「キートンの恋愛三代記」(1923)に続く長編作品の監督である。「恋愛三代記」が3つの短編映画をまとめたものに近かったことを考えると、「荒武者キートン」は実質的な長篇デビュー作といえるかも知れない。


 実質的な長篇デビュー作の名に恥じず、映画は1本の作品としてまとまった構成を見せている。コメディとは思えないシリアスでサスペンスフルなオープニング、ゆったりとした雰囲気の汽車のシーン、キャンフィールド家から出られなくなったことから始まる中盤の奇妙な追いかけっこ、キートンがキャンフィールド家から逃げ出してからのアクションに次ぐアクションの大疾走と、徐々に早くなっていくペース配分が絶妙だ。

 キートンといえば、そのアクロバティックな動きに注目が集まりがちで、この作品も後半で見事なスタントを見せてくれるのだが、この作品の汽車のシーンにはこれまでになかったような、ゆったりとした雰囲気の中での心地よいギャグの連続を見せてくれる。

 ゆったりとした雰囲気は1800年代前半という時代設定のおかげもある。キートンは、有名なニューヨークの42番街の交差点を、当時の写真を元に正確に再現してみせる。しかも、交差点の整理をする人物に、「この交差点は危険な交差点になる」というセリフまで言わせる。この2点だけで、現在のニューヨークの42番街の交差点を知っている者に対して、いかに当時がのどかだったかを知らせるという手法は見事だ。さらには、キートン演じるウィリーが乗る自転車(ペダルやチェーンはなく、足で地面を蹴って進む)など、ディテールがのどかさを補強する。

 故郷に行くために汽車に乗ってからがのどかさに拍車をかける。歩くのとほとんど変わらないほどゆっくりと走る列車。レールは右へ左へとくねり、石や倒木の上を通るたびにガタンガタンと揺れまくる。やっと揺れなくなったと思ったら、いつのまにか列車はレールから外れて普通の道を走っている。その遅さは犬が目的地まで走って着いてこられるくらいだ。さらには、機関手に石を投げる男が現れ、機関手は怒って薪を男に投げつける。男は投げつけられた薪をしたり顔で抱えて持っていくといった、本当に当時あったのではないかと感じさせられるエピソードをギャグとして挿入してみせる。

 汽車のシーンのギャグの数々では、キートンはあまり活躍しない。だが、この汽車のシーンのゆったりとした魅力は、キートンがあまり登場しないからこそのものなのかもしれない。長篇では、短編と違って勢いだけでは持たない。キートンはそのことを知ってか知らずか、前半は自らの活躍を抑えて、ゆったりとした魅力を作り出すことに成功している。


 その後、キャンフィールド家の中でもサイレント初期の追っかけに工夫を加えた追いかけっこ(キャンフィールド家は家名を重んじ、家の中では殺人を犯さない)があり、ついにキートンが外に逃げ出しての活劇が始まる。

 この活劇シーンは、崖を舞台にしてぶら下がってみたりといったシーンが満載なのだが、セットであるためか今ひとつサスペンスに欠ける。もちろんセットであっても、キートン自身が演じるスタントは見事なことはわかっているし、キートン以外の人物ができるものではないことは分かっているのだが、そう感じてしまう。滝のシーンでは巨大なプールを使ったセットを作り、撮影の際にはキートンが大量の水を飲んでしまって医者の治療をうけなければならなかったという話を聞くと、申し訳ない気持ちもするが、それも他のキートンの作品が偉大すぎるからだ。それでも、滝に落ちてくる恋人を、ターザンのような形でロープにぶらさがりながら受け止めるシーンのタイミングの素晴らしさは賞賛せずにはいられない。


 「荒武者キートン」は、長篇らしい構成が見事な作品だ。キートンがあまり前に出ないからこそ、ゆったりとした雰囲気の魅力をかもし出している前半の汽車の場面は特筆に価する。キートンは長篇映画のコツを見事に掴んでいることが、実質的な長篇第一作である「荒武者キートン」を見ればわかる。

 ちなみに、この作品が完成して間もなく、キャンフィールド家の当主を演じているジョー・ロバーツが死去している。ロバーツは巨漢の俳優で、短編時代からキートンの作品に悪役として多く登場していた。



【関連記事】
笑わない喜劇役者 バスター・キートン、長編へ


荒武者キートン [DVD]

荒武者キートン [DVD]

KEATON COLLECTION DVD-BOX

KEATON COLLECTION DVD-BOX