映画評「結婚哲学」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ [原題]THE MARRIAGE CIRCLE [製作・配給]ワーナー・ブラザース

[監督・製作]エルンスト・ルビッチ [原作]ロタール・シュミット [脚本]パウル・バーン [撮影]チャールズ・バン・エーガー [美術]ルイス・ゲイブ、エスドラス・ハートレイ

[出演]フロレンス・ヴィドア、モンテ・ブルー、マリー・プレヴォー、クレイトン・ヘイル、アドルフ・マンジュー

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 シャーロットは夫のフランツの浮気を疑い、親友のミッツィに相談する。しかし、そのミッツィこそフランツを誘っている張本人。ミッツィの夫のジョゼフはミッツィと別れたがっており、私立探偵を雇ってミッツィの素行を調べさせている。探偵はミッツィとフランツが会っていることをジョゼフに報告。このことを、シャーロットも知ることとなる。

 エルンスト・ルビッチといえば、「ルビッチ・タッチ」で有名である。この「ルビッチ・タッチ」とは、セリフではなく人物の表情や視線、小道具などを使って人物の心理を表現するものといえば分かりやすいだろうか。と一言で言っても正直よく分からない部分が多い。そして、それはなぜかと考えると、「ルビッチ・タッチ」は、この後に作られる映画では基本的な表現方法のひとつとして受け継がれていくからではないかと思われる。当時としては新鮮だったが、あまりにも一般化してしまったために、当時の人々が賞賛を込めた「ルビッチ・タッチ」は、今の私たちにはぼんやりとしたものとなってしまったように思われる。

 「結婚哲学」は、中流階級の男女が織り成す軽い恋愛喜劇である。中流階級の男女の恋愛遊戯はこの作品の前にも、数多く作られている。興味を引きやすいことに加えて、コストを抑えて製作できることも多く作られてきた要因の一つだと思われる。3人以上の男女がいれば、バビロンの宮殿はいらない。

 「結婚哲学」以前に作られた恋愛遊戯を扱った映画と「結婚哲学」を比較してみよう。セダ・バラがヴァンプとして出演し、有名になった「愚者ありき」(1915)は、強烈なセックス・アピールを持つ女性に身を滅ぼされる中年男性を描いていた。「愚者ありき」で行われているのも恋愛遊戯だが、セダ・バラ演じる女性は猛烈なセックス・アピールを持っているという極端な設定であることが特徴的だ。

 セシル・B・デミルは1923年に「十誡」を製作し、その後も大作を監督していくことになるが、「十誡」以前は中流階級の恋愛遊戯を扱った作品を多く生み出していた。「男性と女性」(1919)や「チート」(1915)といった、恋愛遊戯を扱った作品では、説教臭かったり(浮気はしてはいけない!)、大げさだったり(「チート」の早川雪洲が見せたような残酷性)した。

 これらの作品と「結婚哲学」を比較すると、「結婚哲学」がストーリーとしては非常に地味で、現実的であるといえる。5人の男女が見事に絡み合い、誤解を生み、偶然も重なり、最後には丸く収まるという展開の妙は、元が舞台劇であるため劇作家によるものかもしれないが、こういったストーリーだけでは「結婚哲学」を説明しきれない。

 そこで登場するのが「ルビッチ・タッチ」だ。ルビッチは、視線を絡ませ、小道具を上手く使い(スカーフやピストル、名刺や帽子)、後姿や影を使いこなし、「結婚哲学」を他の作品とは異なる特徴を持った作品とすることに成功している。

 「愚者ありき」では、セダ・バラが持つセックス・アピールは映像として表現されない。描かれるのは、セックス・アピールに魅了される前と後の中年男性の姿だ。デミルの作品では、逆にセックス・アピールが映像として表現される。当時としてはギリギリのラインまで肌を露出させ、映画の持つ見世物性をいかんなく発揮する。

 「結婚哲学」のセックス・アピールは、「愚者ありき」のようにまったく見せない(それはそれで見事な戦術だ)のでもなく、デミルのように見せるのでもない。視線で、仕草で、小道具で、セックス・アピールは表現される。

 今ではあいまいになったルビッチ・タッチは、「結婚哲学」を見るだけではよく分からないかもしれないが、他の恋愛遊戯を扱った映画と見比べてみるとよくわかる。「結婚哲学」は、見世物性を排し、映画の話法によってセックス・アピールを始め、あらゆるものを表現しようとしている。

 「結婚哲学」が、ルビッチ・タッチを知ることができるだけの、退屈な映画ではないことは書いておかなければならないだろう。前述したストーリーの妙があり、ルビッチの演出もあって光っているミッツィのセックス・アピールもあり、「巴里の女性」(1923)と同じようなへそ曲がりそうな金持ちを演じていながら、どことなくユーモラスな魅力を持つアドルフ・マンジューの存在感もある(「結婚哲学」は「巴里の女性」にルビッチが触発されて作られたと言われる)。何も考えないで見ても、十分楽しめる作品だと、私は思う。



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