映画評「ロモラ」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ [原題]ROMOLA [製作]インスピレーション・ピクチャーズ製作 [配給]メトロ=ゴールドウィン=メイヤー(MGM)

[監督・製作]ヘンリー・キング [原作]ジョージ・エリオット [脚本]ウィル・M・リッチー [撮影]ロイ・F・オーヴァーボウ、ウィリアム・シューア [編集]W・ダンカン・マンスフィールド [美術]ロバート・M・ハース

[出演]リリアン・ギッシュ、ドロシー・ギッシュ、ウィリアム・パウエルロナルド・コールマン、チャールズ・レーン

 15世紀末、イタリアのフィレンツェ。海賊に追われてフィレンツェに流れ着いたティトは、テッサとの間に子どもをもうける一方で、学者の娘ロモラとも結婚した。メディチ家が追放された混乱に乗じて新政府の有力者となるティトだが、養父が現れても無視し、政敵を弾圧するなど残忍さを見せ始める。

 D・W・グリフィスと別れたギッシュが、グリフィス流の歴史絵巻に主演した作品。製作会社のインスピレーション・ピクチャーズが、キング監督「乗合馬車」(1921)に主演したリチャード・バーセルメスとキングが設立した独立プロダクションであることを考えると、ギッシュは出演だけではなく製作にも関わったのではないかと思われる。

 ギッシュが主演で、タイトルもギッシュが演じる「ロモラ」だが、物語の主役はウィリアム・パウエル演じるティトだ。混乱する世相に乗じてのし上がっていくティトに比べると、ギッシュ演じるロモラも、ドロシー・ギッシュ演じるもう1人の妻であるテッサも影が薄い。ロナルド・コールマンなど端役だ。

 ドラマとしてみると中途半端だ。ギッシュ=ロモラの名前が前面に出ているため、美しく撮られている。終盤で見せるテッサやティトへの優しさは、これまでのギッシュ像ともつながるものだ。だが、緊迫感に欠ける演出と、ティトをメインとしながらもあっちこっちにポイントが移り変わるシナリオは、映画としての面白さを奪っている。

 ドラマとしては不十分だが、15世紀末のフィレンツェの混乱ぶりは感じ取ることができる。数の点で物足りなさを感じるものの、不満のはけ口を見つけるために生きているかのような群衆や、実際にイタリアで撮影された風景が、ドラマへの不満を補ってくれる。

 グリフィスの元を去ったギッシュが、この後も「ラ・ボエーム」(1926)や「真紅の文字」(1926)で素晴らしい演技を見せる。だが、「ロモラ」では魅力の一端しか見せてくれない。別に映画全体が満足できれば、ギッシュの魅力が一部しか感じられなくても問題はないのだが、ドラマとしては今ひとつだった。それでも、イタリアで撮影された風景の力が伊達ではなかったことは記憶しておこう。

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