映画評「殴られる彼奴(あいつ)」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ [原題]HE WHO GETS SLAPPED [製作]メトロ=ゴールドウィン=メイヤー(MGM) [配給]メトロ=ゴールドウィン・ピクチャーズ・コーポレーション

[監督・製作・脚本]ヴィクトル・シェーストレーム [製作]アーヴィング・サルバーグ [原作]レオニード・アンドレイエフ [脚本]ケイリー・ウィルソン [撮影]ミルトン・ムーア [編集]ヒュー・ウィン [衣装]ソフィー・ワクナー [美術]セドリック・ギボンズ

[出演]ロン・チェイニーノーマ・シアラージョン・ギルバート、タリー・マーシャル、マーク・マクダーモット

 科学者のポールは、友人と思っていた伯爵に発明を奪われ、どん底に突き落とされる。サーカスのピエロになり、大勢のピエロたちに殴られるという役柄で人気を集めることになったポール。美しい馬乗りの女性コンスエロが、彼女の父親の策略によって伯爵に売られようとしていることをポールは知る。

 スウェーデンで映画監督として活躍し、「霊魂の不滅」(1921)などのサイレント時代を代表する作品を生み出したシェーストレームがアメリカに渡って監督した作品である。メトロ=ゴールドウィン・ピクチャーズにメイヤーが加わり、「メトロ=ゴールドウィン・メイヤー」=「MGM」として初めて製作された作品だという。そのことからもシェーストレームへの期待感が分かる。

 主演は大作「ノートルダムのせむし男」(1923)に主演するなど、スターだったロン・チェイニーだ。美しいノーマ・シアラーも、ハンサムなジョン・ギルバートも、公開当時はまだ新進俳優の域を出ていなかった。特殊メイクなどで様々な顔で映画に出演したチェイニーは、「殴られる彼奴」でも堂々たる演技を見せる。哀しみを胸のうちに秘めたピエロをこれほど巧みに演じられる人物が当時チェイニーの他にいただろうか?

 物語も演出も少し大げさだ。チェイニー演じるポールが受けた悲惨な仕打ちから、ピエロになるのはあまりにも一足飛びのような気がする。ポールがピエロになって顔を叩かれることで笑いを取る皮肉も、やり過ぎのような気がする。途中に挟まれるピエロが地球儀を回すショットも、芸術家ぶった態度が鼻につく気がする。それでも、すべて許せてしまうのは、どこか不自然さを超えた存在感を示すロン・チェイニーのおかげだろう。

 ヴィクトル・シェーストレームは、サーカスという舞台に格好のロン・チェイニーという役者を得て、人生の皮肉を描き出そうとイキイキとしているように感じられる。「殴られる彼奴」の二重露出は、「霊魂の不滅」の幻想とは異なり、芸術をやりたい匂いがプンプンするものの、イキイキとした演出の勢いが伝わってくる。だが、それが映画自体の出来栄えと結びつくかはまた別の話だ。

 個人的にはチェイニーの演技がなければ、「殴られる彼奴」を説教臭い、芸術家ぶった鼻持ちならない作品と思ったかもしれない。だが、幸いな事に「殴られる彼奴」にはチェイニーがいた。チェイニーのピエロは哀しい。ただそれだけで、満足してしまう。

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