映画評「裏町の怪老窟」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]ドイツ [原題]DAS WACHSFIGURENKABINETT [英語題]WAXWORKS [製作]ネプチューン=フィルムAG、ウーファ [配給]ウーファ

[監督・美術]パウル・レニ [監督・製作]レオ・ビリンスキー [脚本]ヘンリック・ガレーン [撮影]ヘルマー・レルスキー [衣装]エルンスト・シュテルン

[出演]ウィリアム・ディターレエミール・ヤニングス、コンラート・ファイト、ヴェルナー・クラウス

 カーニバルの蝋人形館で、蝋人形の説明書きの仕事を得た詩人。アラビアン・ナイトにも英雄として登場するバグダッドのカリフであるアッラシード、雷帝の異名を持つロシアのイヴァン4世の物語を書く。アッラシードとイヴァン4世の物語がオムニバス形式で描かれた後に詩人の物語に戻ると、切り裂きジャックが詩人を襲うという展開になっている。

 ドイツ表現主義作品の1つと数えられる「裏町の怪老窟」だが、ジャックの部分以外の映像はストレートだ。表現主義というとおどろおどろしい内容を想像しがちだが、ヤニングス演じるアッラシードの物語は、太った容姿といい軽い内容といい、コミカルな印象を受けた。ファイト演じるイヴァン4世は、狂気に取り憑かれる物語と、演じるファイトの容姿や演技が合っているように感じられた。ここまではドイツ表現主義作品と言うよりは、ヤニングスとファイトの個性を活かした物語を見せてくれたという印象だ。

 詩人がジャックに襲われるシーンは、二重写しを多用している。その意味で表現主義的な演出と言えるかもしれないが、このシーンが夢であることを考えると、単に夢としての表現に二重写しを使用しただけにも感じられた。

 私は「裏町の怪老窟」を表現主義の影響を受けた作品の1つとすることに抵抗はないが、表現主義作品の1つ、または表現主義の影響を受けた秀作の1つとすることには抵抗がある。それは、全体を通して見受けられる非常に現実的な感覚のためだ。アッラシードやイヴァン4世の物語も、詩人を中心とした現在の物語も、論理的に不可思議な部分はないのだ。


 同じようにオムニバス形式で、表現主義作品の1つ言われるフリッツ・ラングが監督した「死滅の谷」(1921)と比較してみよう。「死滅の谷」にも軽いエピソードがある。しかし、「愛を勝ち取る」という明瞭な目的に、表現主義的な演出を組み合わせた「死滅の谷」は、表現主義的な映像をうまく使いこなした秀作だった。

 「裏町の怪老窟」は、目的が不明瞭なストーリーに、表現主義的な内容と映像で作り上げた作品である。そして、これが一番大事なことだが、表現主義的な内容と映像において、「死滅の谷」のようなインパクトに欠ける。「死滅の谷」の大量のロウソクが灯る部屋や、死神の孤独を感じさせるショットに比肩する映像は、「裏町の怪老窟」にはないのだ。