ソ連 クレショフ工房とその面々

 レフ・クレショフは、1920年代初頭に国立映画学校で教鞭を執った人物であり、門弟のフセヴォロド・プドフキンやボリス・バルネットらと「クレショフ工房」を組織し、さまざまな実験を行った。特に有名なのは、イワン・モジューヒンのクロース・アップにスープ皿や棺、子供をつなぐと同じ表情でも違う印象を受けることを実証したものである。クレショフは、モンタージュ理論の構築、発展に多大な貢献をしたと言われている。

 「クレショフ工房」で学んだ人々は、この後のソ連映画で華々しい活躍をしていくことになる。フセヴォロド・プドフキンは代表格で、この年は「チェス狂」(1925)を監督している。

 クレショフ自身も、「殺人光線」(1925)という作品を監督している。トルストイのSFが原作であり、プドフキンが脚本、出演として参加している。007的な内容で、独裁者の国のスパイとソ連のスパイによる冒険映画である。話を詰め込みすぎて、興行的に成功しなかったと言われる。