映画評「キートンのセブン・チャンス」

キートンのセブン・チャンス【淀川長治解説映像付き】 [DVD]

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ  [別題]キートンの栃麺棒  [原題]SEVEN CHANCES  [製作]バスター・キートン・プロダクションズ  [配給]メトロ・ゴールドウィンディストリビューション・コーポレーション

[監督]バスター・キートン  [原作]ロイ・クーパー・メグルー  [脚本]ジーン・ハーベッツ、クライド・ブラックマン、ジョゼフ・ミッチェル  [撮影]バイロン・フック、エルジンレスリー  [美術]フレッド・ガブリー

[出演]バスター・キートン、T・ロイ・バーンズ、スニッツ・エドワーズ、ルス・ドワイヤー

 株のブローカーであるキートンは、資金繰りがつかず追い詰められている。そこに、叔父の遺産である700万ドルがキートンのもとに入るという知らせが。だが、遺産相続には1つ条件があった。それは、今日の午後7時までに結婚しなければいけないというものだった。

 キートンの代表作とも言われる作品である。大量の大小の石が次から次へと落ちてくる中を、キートンがかわしながら山を下っていくシーンは有名で、「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」(1999)でも引用されている。

 わかりやすいストーリーは、元々は舞台劇によるものであるということだが、映画草創期の短編コメディでも使われている。エジソン社は、1904年に「HOW A FRENCH NOBLEMAN GOT A WIFE THROUGH THE NEW YORK HERALD PERSONAL COLUMNS」という作品で、新聞広告に付き合ってくれる女性を募集した男性が、大勢の女性たちに追いかけられるというコメディを製作している。しかも、この作品は、当時ライバルだったバイオグラフ社の作品をパクったものであったという。

 バスター・キートンの絶頂期とも言える、1920年代半ばの作品(自身のプロダクションで映画を製作していた時代)の多くは、徐々にペースが上がっていく配慮がなされている。これは、序盤はつまらないが後半が面白いということを意味しているのではない。それぞれのペースで適したギャグが散りばめられているからだ。

 結婚相手を何とかして探さなければならなくなったキートンは、カントリー・クラブにいる女性たちに声をかけていき、街を歩いては「スカートを履いている人物」に次から次へと声をかけていく。ここでも細かいギャグが散りばめられていて、楽しさが満載だ。この部分で個人的に面白かったギャグは、美容室での首のマネキンを使ったギャグ。キートンが美容室のイスに座っている女性に声をかけようとすると、美容師が首から上を持っていってしまう。マネキンだったのだ。奥まで入っていき、再び座っている女性がいるが、キートンはマネキンだと思って首を引っ張るが抜けない。今度は本当の女性だったのだ。

 徐々にペースを上げていく「セブン・チャンス」は、大勢の女性たちにキートンが追いかけられていくシーンが始まると、ボルテージがマックスの状態での15分間が展開されることになる。大人数のエキストラが使われたチェイス・シーンは迫力に溢れている。キートンが歩いていると、後ろに女性たちが列をなしてついてくる。その列はどこまで行っても終わらない。キートンが女性たちに気がついて走り出したときも、まだ後ろからは大人数の女性たちが増え続けていることがよく見るとわかる。ヒッチコックの「鳥」(1963)の鳥、「ロッキー2」(1979)のロードワーク中のロッキーについてくる子供たちが思い出される。とてつもなく数が多いということは、ただそれだけで何らかの感情を刺激されるものがある。

 有名な岩石が落ちてくるシーンは、見るに限る。このスケールは映画でしか出せないし、作り物の石をリアルに見せるためにはモノクロであることも必要条件だったかもしれない。ここでもまた、数が多いことが特徴となっている。

 「セブン・チャンス」が作られた1925年には、チャールズ・チャップリンが「黄金狂時代」を世に送り出している。知名度では「黄金狂時代」の方が上だろう。だが、キートンの「セブン・チャンス」も劣らない作品だ。

 チャップリンが「黄金狂時代」で見せたような情感やペーソスは、「セブン・チャンス」にはない。だが、キートンが突き詰めたスラップスティック・コメディとしても面白さは「黄金狂時代」にはない。短編時代のチャップリンが製作した後半の作品は、スラップスティック・コメディの面白さに磨きをかけた作品だったように感じられた。だが、チャップリンスラップスティックのみを突き詰めるのをやめ、ペーソスや人間ドラマも加えた作品へと向かう。対してキートンは、あくまでもスラップスティックにこだわった。「セブン・チャンス」はそんなキートンが詰まった、スラップスティック・コメディを代表する作品だと私は思う。