映画評「コブラ」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ  [別題]毒蛇  [原題]COBRA  [製作] リッツ=カールトン・ピクチャーズ  [配給]パラマウント・ピクチャーズ

[監督]ジョセフ・ヘナベリー  [原作]マーティ・ブラウン  [脚本]アンソニー・コールドウェイ  [撮影]デイヴ・ジェニングス、ハリー・フィッシュベック  [編集]ジョン・H・ボン  [美術]ウィリアム・キャメロン・メンジーズ  [衣装]エイドリアン

[出演]ルドルフ・ヴァレンティノ、ニタ・ナルディ、カッソン・ファーガソン

 イタリアのトリアーニ伯爵は、いつも女性問題を起こしてばかり。そんなトリアーニの古美術への鑑識眼を認めたアメリカ人古美術商のジャックは、トリアーニをアメリカに連れ帰り、自身の会社で働かせる。アメリカでも女性にもてるトリアーニだが、一人の女性に恋して、それまでの生活を改めようとする。ジャックの妻にホテルで誘惑されても拒否して立ち去るが、その後そのホテルが火事になってジャックの妻は死んでしまう。

 この作品でのルドルフ・ヴァレンティノは、モテる男というそれまでのイメージは崩していない。だが、最初は浮名を流す伊達男として登場するヴァレンティノは、途中から1人の女性に対する恋が芽生えることで人間的に変わっていく。紳士で、真面目な男となるのだ。この「変化」は、他のヴァレンティノ主演作品にはあまり見られないものである。それは、「悪い奴が更生する」という社会的に安全なストーリーラインとして、今後多くのハリウッド映画の常道の1つとなるものである。

 「黙示録の四騎士」や「シーク」(1921)で大スターとなったヴァレンティノは、会社との関係があまりうまくいっていなかったと言われている。それは、ヴァレンティノが希望する給料が支払われなかった面もあるらしいが、ヴァレンティノが映画製作に求めたものが受け入れられなかったからとも言われている。この作品はリッツ=カールトン・ピクチャーズという会社で製作されている(ホテルのリッツ=カールトンと関係があるのか、詳細は不明)。この会社が「コブラ」のみしか製作していない点に、ヴァレンティノとメジャー映画会社との関係が見えてきそうだが、詳細は不明だ。

 「コブラ」でヴァレンティノが演じた役柄はこれまでにないものだ。ヴァレンティノは、捨てた女性の父親に追いかけられるレストランを中心とした、冒頭のコメディ・タッチのシーンでは粋な伊達男を快活に演じている。そして、1人の女性に恋してからは、友人思いな「立派な」男性へと生まれ変わる。もしかしたら、ヴァレンティノが作り上げられた自らのスター像に反発して、このキャラクターを演じたのかもしれないし、もしそうだとしたら、ヴァレンティノは自らに刻印されたスター像以外の役柄も演じることが出来ることを見事に証明しているといえるだろう。といっても、ヴァレンティノがこれまで演じてきたキャラクターとかけ離れているわけではないのだが。

 映画を見る前は、タイトルの「コブラ」は女性を狙うヴァレンティノのことだと思い込んでいた。だが、上記に挙げたように、ヴァレンティノは伊達男から途中で足を洗うため、ヴァレンティノのことではない。コブラとは、ヴァレンティノを狙う女性たち、特にヴァレンティノ以外の男性にも手を出して虜にしているニタ・ナルディ演じる女性のことである。ニタ・ナルディは今ではあまり知られていない女優であるが、エキゾチックな容貌で主にヴァンプ(悪女)女優を演じて人気を得た人物である。他にも、ヴァレンティノ主演の「血と砂」(1922)や、セシル・B・デミル監督の「十誡」(1923)などに出演している。濃いナルディが妖艶なドレスを着て、色男のヴァレンティノを誘惑するシーンは、なんとも言えない濃厚な空気の充満したセックス・アピール満載のものとなっている。

 よく考えると、モテてモテて仕方がないヴァレンティノが、あらゆる女性の誘惑を退けようとするというストーリーは、バカバカしくもある。だが、それを説得力のあるものにしているのは、ヴァレンティノの力であると思うし、ヴァレンティノが一人の女性のことを思う真面目な男性であり、仲間思い(ナルディ演じる女性は親友の妻である)でもあるという設定は、あの濃厚なナルディの誘惑を退けるという行動でより説得力を増している。

 ルドルフ・ヴァレンティノの作品の中では、「黙示録の四騎士」「シーク」(ともに1921)や「血と砂」(1922)といった作品と比べると、「コブラ」の知名度は低い。しかし、ヴァレンティノが単なる女性を誘惑する役だけではなく、誘惑を退ける役もこなせることを「コブラ」は証明してみせる。だが、当時の観客は、誘惑もせず、誘惑にも乗らないヴァレンティノはお気に召さなかったらしく、興行成績はあまりよくなかったらしい。