映画評「燻ゆる情炎」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ  [原題]SMOULDERING FIRES  [製作・配給]ユニヴァーサル・ピクチャーズ

[監督]クラレンス・ブラウン  [原案]サダ・コーワン、マーガレット・デランド、ハワード・ヒギン  [脚本]メルヴィル・W・ブラウン、サダ・コーワン、ハワード・ヒギン  [撮影]ジャクソン・ローズ  [美術]レオ・K・キューター

[出演]ポーリン・フレデリック、マルコム・マグレガー、ローラ・ラ・プラント、タリー・マーシャル、ワンダ・ホーリー、ヘレン・リンチ、ジョージ・クーパー、バート・ローチ、ビリー・グールド、ウィリアム・オーラモンド、ジャック・マクドナルド、ボビー・マック、フランク・ニューバーグ、ロルフェ・セダン

 父の後を継いで縫製工場の社長を勤めているジェーンは、未婚のまま40歳を迎えていた。部下の1人のロバートと恋に落ちて結婚するも、ロバートはジェーンの妹であるドロシーと恋に落ちてしまう。

 中年女性の悲恋物語である。お涙頂戴ものだといってもいい。だが、若者同士の罪のない恋愛にはないドラマが、「燻ゆる情炎」にはある。のしかかるのは年齢だ。自分に逆らう者をクビにする強引さで、仕事一筋に生きてきたジェーンは、若いロバートと結婚する。周囲からは誹謗・中傷・揶揄といった様々な横やりが入る。この困難をジェーンとロバートが乗り越えていくというストーリーとすることも出来たことだろう。そうすれば、中年女性と若い男性の熱いメロドラマとなったことだろう。だが、「燻ゆる情炎」はそうはなっていない。主眼は、ジェーンとロバートが結婚した後にある。

 ジェーンの不幸は妹が、しかも20歳も離れたドロシーという妹がいたことだ。ロバートとドロシーは恋に落ち、一時はジェーンにそのことを話そうともするが、仕事一筋の頃には見せなかった生き生きとしたジェーンの姿を憐れに思い、2人は思いとどまる。ここで、ロバートとドロシーがジェーンに2人の気持ちを話し、ジェーンがそれを受け入れるという展開にもできたことだろう。だが、「燻ゆる情炎」はそうはなっていない。それだと、あまりにもジェーンは物分りが良すぎる。

 「燻ゆる情炎」のラストはハッピー・エンドだ。ジェーンは、若いロバートやドロシーやその仲間たちの姿を見て、彼らが「あまりにも・・・あまりにも若い」ということを知り、ドロシーがロバートを思っていることを偶然から知り、少しずつ身を引くことを考えていく。もちろん、このハッピー・エンドは出来すぎているし、「若者は若者と付き合うべきだ」という保守的な観念を映画化したものだともいえるだろう。それでも、「燻ゆる情炎」は、そうした出来すぎて、保守的なハッピー・エンドへ向かうために必要なものをすべて揃えることを怠っていない。

 クラレンス・ブラウンの演出は見事だ。ジェーンとロバートの結婚式のシーンでは、2人の足元を映すだけで表現されている。結婚式のような大イベントを短時間で終わらせることで、テンポよくドラマを進めることに成功している。ドロシーがロバートを思っていることを偶然に知るシーンもまた見事だ。寝室で泣いているドロシーを見つけたジェーンは、ドロシーが思っている男性がいることを知り、「ハワード?フレディ?」と1人ずつ名前を挙げていく。だが、ジェーンは反応しない。そのうち、窓の外にロバートを見つけたジェーンは声をかける。「ロバート!」と。その瞬間、ハッと窓の方を見るドロシー。ジェーンは、窓に映ったそんなドロシーの様子を見てしまう。驚きとショックを隠しながら、ジェーンは言う。「ロバート・・・早く入ってきてね」。

 テンポよく、また皮肉を利かせたシナリオにも触れておく必要があるだろう。開巻からジェーンのキャリア・ウーマンぶりを、簡単に人を「クビにする」ことで表現し、ロバートを「クビにしない」ことからドラマがスタートするという妙。ドロシーが呼んできた友人たちに、ドロシーの母親と勘違いされてショックを受けたジェーンだが、気持ちを持ち直して、ダンスの途中でいちゃつく若いカップルの真似をしてロバートといちゃつこうとするが、ロバートにとことん拒否される部分では、さみしさが見事に表現されている。

 主役のジェーンを演じているポーリン・フレデリックは、映画公開当時42歳。実年齢とほぼ同じ年齢の役柄を、無理なく見事に演じきっている。

 サイレント映画期の映画というと、チャールズ・チャップリンバスター・キートンといったコメディや、「イントレランス」(1916)のようなスペクタクル作に目が向きがちだ。だが、そういった作品ばかりが人々に受け入れられていたわけではない。「燻ゆる情炎」のような地味だが、堅実なドラマも生み出されていたのだ。サイレントの映画技法は完成され、様々な内容を映画は表現できるようになっていた。それは、映画を内容だけで善し悪しを考えるようにもなってしまいがちな面も生み出すわけだが、もしそうなっていなければ映画はこれほどまでに人々に受け入れられることはなかったことだろう。映画は、他のメディアと比べて分かりやすさで発展していくことになるからだ。

 「燻ゆる情炎」は、サイレント期の映画話法の完成作の1つとしても見るべき作品であると思うし、内容でも見るべき作品でもあると思う。ドロシーは言う。「もう21歳よ。あっという間に年を取ってしまうわ」と。その言葉が本当にそうだと感じる人は、「燻ゆる情炎」を見てみよう。思い入る部分がきっとあることだろう。