映画評「ロイドの福の神」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ  [原題]FOR HEAVEN'S SAKE  [製作]ハロルド・ロイド・コーポレーション  [配給]パラマウント・ピクチャーズ

[監督]サム・テイラー  [製作]ハロルド・ロイド  [脚本]テッド・ワイルド、ジョン・グレイ、クライド・ブラックマン

[出演]ハロルド・ロイドジョビナ・ラルストンノア・ヤング、ジム・メイソン

 金持ちのハロルドは、伝道会のコーヒー・スタンドを燃やしてしまったお詫びに千ドルの小切手を渡す。伝道会の牧師は殿堂所建設のための資金を提供してくれたと思い込み、ハロルドの名前をつけた伝道所を建設する。それを知ったハロルドは文句をつけに伝道所に行くが、そこで牧師の娘に一目惚れしてしまう。

 「ロイドの福の神」は、ハロルド・ロイドの作品の中でも知名度の低い作品だ。だが、面白さの点では、一級品である。この頃のロイドの作品は、単純なギャグやスラップスティックだけではなく、叙情性を感じさせる作品を送り出すようになっていた。その集大成が「ロイドの人気者」(1925)といえるだろう。「ロイドの福の神」は、再びギャグとスラップスティックの連続が魅力の作品である。それゆえに、過小評価されているのかもしれない。

 冒頭の2つの自動車事故を巡るギャグや、伝道所での食べ物のギャグも面白いのだが、本領は2回に及ぶチェイス・シーンだろう。

 1回目のチェイス・シーンでは、荒くれ者たちを伝道所に来させるために、ハロルドがわざとそこら辺の男たちを蹴っ飛ばしたりして怒らせることから起こるものだ。アイデアも面白い上に、大人数に追われるロイドというビジュアルも面白い。大人数に追われるというアイデアは、映画草創期から使われており、バスター・キートンも使ったものだ。ロイドはこのアイデアを生かしつつ、ストーリーを進展させるためにも使っている。

 2回目のチェイス・シーンは、5人の酔っ払った男たちを連れて帰るものだ。シラフなのはハロルドだけで、四苦八苦してやっと2階建てバスに乗せるが、途中で運転をしていた男がいなくなってしまう。この後も、2階の手すりに立ってバランスを取って楽しむ男が現れたり、2階からぶら下がってバナナを食う男が現れる。ハロルドはそのすべてを何とかやめさせながら、いくつものアクロバティックな動きを見せてくれる。CGなどはもちろんない当時の撮影技術を考えると、信じられないスタントの連発だ。

 ちなみに、5人の酔っ払いたちを連れ帰ろうとする途中で、面白いギャグがある。ふと目を離した隙に姿が見えなく男たちを見つけると、自転車屋の自転車を全員で漕いで競争しているつもりになっているというものだ。スタンドが立てられているため、ペダルを漕ぐだけで自転車はまったく進んでいない。そのビジュアル的な面白さには笑わせられた。しかも、ハロルドが近くの工事現場にあった「この先通行止め」と書かれた看板を取り、自転車を漕いでいる男たちの前に置くと、「もう少しだったのに」といった仕草をしながら渋々自転車を降りるオチも見事だ。

 ロイドの作品が叙情性を感じさせるようになったと先に書いたが、この作品にもロマンティックなシーンがある。それは、ハロルドが牧師の娘に恋を語るシーンだ。そこは、月の輝く美しい海辺・・・のようで、実は工事現場の水溜りと月の形をしたクリーニング屋の看板だったというものである。もちろんギャグなのだが、愛を語るのに場所は関係ない。むしろ、金持ちのロイドがそのような場所で愛を語ることが、ロマンティックさを増しているように感じられた。

 「ロイドの福の神」には、決して突出したシーンはないし、突出したギャグもない。突出したスタントもないかもしれない。しかし、突出はしてなくとも、すべては一級品だ。もし、「ロイドの福の神」を楽しめないとしたら、過去の著名な映画人の映画を見るときに、過度な期待をしているということなのかもしれない。