映画評「ジャズ・シンガー」

※ネタバレが含まれている場合があります

ジャズ・シンガー【字幕版】 [VHS]

[製作国]アメリカ  [原題] THE JAZZ SINGER  [製作・配給] ワーナー・ブラザース

[監督]アラン・クロスランド  [原作戯曲]サムソン・ラファエルソン  [脚本]アルフレッド・A・コーン  [撮影]ハル・モーア  [編集]ハロルド・マッコード

[出演]アル・ジョルスン、メイ・マカヴォイワーナー・オーランドユージニー・ベッセラーオットー・レデラー、ロバート・ゴードン、リチャード・タッカー、ヨッセル・ローゼンブラット

[賞]アカデミー賞名誉賞受賞、脚色賞ノミネート(アルフレッド・A・コーン)

 ユダヤ人のジャックは聖職者の父から聖歌を教わっていたが、父の後を継ぐのが嫌で家出してしまう。数年後、ジャズ・シンガーとして成功しかけたジャックの元に、父の病気の知らせが来る。だが、翌日はスターになれる大事なチャンスの舞台が待っており、ジャックは悩む。

 「ジャズ・シンガー」は何よりも、トーキー第一作として名高い。だが、見た人は当然知っていることだが、完全なトーキー作品ではない。主にジョルスン演じるジャックを中心とした歌の部分がトーキーであり、ごく一部を除いて、セリフはそれまでのサイレント映画同様に字幕で処理されている。

 「ジャズ・シンガー」はトーキー第一作にふさわしい作品と言える。トーキーのデビューとして、計算されたとしか思えない部分が多々ある。

 歌手を主人公にしたのは、トーキーで最も効果的なのは歌であるという計算の上だろう。しかも、主人公はブロードウェイのスターだったアル・ジョルスン。元々の原作はジョルスンをモデルにしていると言われており、舞台で演じた別の役者が映画出演を拒否したために、ジョルスンにオファーが回ってきたのだった。

 ジョルスンの出演だけでも、「ジャズ・シンガー」は成功しただろう。しかし、爆発的な成功とはならなかったかもしれない。爆発的な成功の要因として考えられるのは、ストーリーだ。

 ジョルスン演じるジャックは、父親への反発もあり家を出る。しかし、親子の(特にジャックと母親の)愛情は深い。ジャックは歌手としての成功と、親子の愛情の2つを手に入れることができるのだろうか?

 このストーリーには、メロドラマとサクセス・ストーリーという、この後も私たちを楽しませてくれるパターンが含まれている。誰もが理解できるストーリーが中心となっていることで、単なる歌や音楽を披露するだけではない、ストーリーも楽しむことができる作品となっている。

 正直言って、ストーリーはそれほど工夫されているわけではないし、演出も平凡だ。だが、ことさらに主張されるユダヤ人という人種へのこだわりが、「ジャズ・シンガー」の特徴である点は触れておく必要があるだろう。父親の病気を知ったジャックは、贖罪の日に父の代わりに聖歌を歌うことを依頼され、次の日に控えた大事な舞台との狭間で悩む。このときジャックは、父親が病気であることよりも、ユダヤ人にとって大事な日である贖罪の日の儀式について思いをめぐらせている。

 ハリウッドを作り上げた人々の多くはユダヤ人であった。そして、彼らは世界に冠たるハリウッド映画を作り上げた。だが、映画に対する道徳的な批判が起こったり、映画の製作コストが上がったりといったことから、次第に彼らは自由に映画を作っていけなくなる。この頃になると、映画は巨大産業となり、様々な金融資本を必要とし、彼らは資本家に雇われているという側面も持ち始めていた。

 そんな中、二流会社だったワーナー・ブラザースが、危機に陥っていた経営の建て直しをかけ、計算を張り巡らせ、その上でユダヤ人としてのアイデンティティについてのテーマも盛り込んだ「ジャズ・シンガー」を送り出したのだ。映画史上初のセリフと言われる「お楽しみはこれからだ!(You ain’t heard nothin’ yet)」は、期せずしてハリウッド人としての意地を感じさせる意味でも、名ゼリフとなった。

 「ジャズ・シンガー」製作に最も精力的だったといわれるワーナー四兄弟の長男サムは、プレミア上映の前日に亡くなった。サムは映画の興行的な成功を見ることはなかっただろう。だが、完成された映画は見たはずだ。サムは完成された「ジャズ・シンガー」を見て、「お楽しみはこれからだ」と呟いただろうか?

 トーキー第1作が「ジャズ・シンガー」でよかったと、私は思う。これが、歌と音楽だけの作品だったり、逆に舞台を撮影しただけのような作品だったとしたら、映画の歴史はどれだけ寂しくなったことだろう。「ジャズ・シンガー」は、ハリウッド映画としての意地が感じられる作品であることが、何よりも嬉しい。

 「ジャズ・シンガー」が誕生してから80年以上が経過しても、ハリウッド映画は「お楽しみはこれからだ!」と言わんばかりに、様々な作品を世界に送り出している。