D・W・グリフィスの作品 1910年(6)

「WHAT THE DAISY SAID」

 D・W・グリフィス監督、メアリー・ピックフォード出演。バイオグラフ社製作・配給。

 少女のマーサはジプシーの男に幸せになれると予言され仲良くなる。だが、ジプシーの男はマーサの姉にも同じように言って迫っていた。

 ジプシーを悪役として、メアリー・ピックフォードが演じている純粋なマーサの姿を描くことを主眼としている。途中で、村人に追われるジプシーをマーサが逃がしてやるシーンもあり、マーサのやさしさも描かれている。

 他愛もない物語と言ってしまえばそれまでだが、まだ有名ではなかった頃のピックフォードが可憐な少女役を難なく演じている。



「RAMONA」

 監督・脚色D・W・グリフィス 原作ヘレン・ハント・ジャクソン 出演メアリー・ピックフォード

 白人との混血の女性ラモーナに恋をしたネイティブ・アメリカンのアレッサンドロは、村人たちの怒りを買い、故郷の集落を焼き払われてしまう。ラモーナとアレッサンドロは結婚して離れた土地に住むが、そこにも白人たちがやって来て立ち退きを命じられる。

 完全にネイティブ・アメリカンの側に立った作品である。D・W・グリフィスの監督作品には、「REDMAN’S VIEW」(1909)といったネイティブ・アメリカンの側に立った作品があり、グリフィスが「国民の創生」(1915)の内容から連想されるような、極端な差別主義者ではないことがわかる。だが、舞台はまだメキシコ領だった1800年代中頃のカリフォルニアであり、白人といってもメキシコ人であることは注意が必要だろう。

 山でロケが行われた撮影は当時としては高い効果を上げているといえるだろう。特に、アレッサンドロの故郷の集落が破壊される俯瞰のシーンは、嘆き悲しむがどうしようもないアレッサンドロの様子も手前に捉えられた、印象的なシーンになっている。


「THE SORROWS OF THE UNFAITHFUL」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本スタナー・E・V・タイラー 出演メアリー・ピックフォード

 港町に住むメアリーとビルは幼馴染み。ビルは結婚を申し込み、メアリーは受け入れる。だが、船が難破して岸辺に流れ着いたジョーにメアリーは惚れてしまう。

 何よりも、ピックフォードの存在感だろう。この作品でのピックフォードは、代名詞である子役ではない(当時のピックフォードは子役をほとんど演じていない)。年頃の女性で、どちらかというと妖婦役である。ピックフォードは、時に意地悪く、時に淫靡に妖婦を演じている。演技が大げさなのも妖婦役にはピッタリとはまっている。リアリティのある魅力的な港町の映像と共に、ピックフォードの演技は私に強い印象を残した。

 ピックフォードが妖婦を演じるキャリアを選択していたとしても、成功していたことだろう。ピックフォードの底知れぬ魅力が込められている


「WILFUL PEGGY」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本フランク・E・ウッズ 出演メアリー・ピックフォード、ヘンリー・B・ウォルソール

 農民の娘ペギーは、貴族に見染められて結婚をする。だが、貴族のしきたりに堅苦しさを覚えるペギーは、そこから逃げ出してしまう。

 「アメリカの恋人」と呼ばれるようになってからのピックフォードを思わせる内容・キャラクターの作品である。貴族の服装をした美しいピックフォードと、男装した快活なピックフォードの両面を見せてくれる。美しい方のピックフォードが後衛に押しやられてしまうのが、残念な気さえしてくる魅力さを備えている。


「A ROMANCE OF THE WESTERN HILLS」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本スタナー・E・V・タイラー 出演メアリー・ピックフォード、チャールズ・ウェスト

 白人社会に憧れるネイティブ・アメリカンの娘は、白人の養子となる。ある白人男性と恋に落ちるが、白人男性には別の女性もいることを知り、娘はネイティブ・アメリカンの社会へと戻っていく。

 「国民の創生」(1915)により、人種差別主義者とも言われているグリフィスだが、短編時代に残した作品を見る限り、ネイティブ・アメリカンには同情的な視線を送っている。この作品もその1つだが、人種間の恋愛や結婚に対しては否定的なようにも感じられる。

 ネイティブ・アメリカンの娘を演じているのがピックフォードだ。


「AS IT IS IN LIFE」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本スタナー・E・V・タイラー 出演ジョージ・ニコルズ、メアリー・ピックフォード

 妻に先立たれたジョージは、幼い娘を育てるために、別の女性との結婚を諦める。大人になった娘は、ある男性と恋に落ちて結婚してしまい、ジョージは落ち込む。

 貧しさゆえに娘を育てることに精一杯なジョージの境遇と、娘への愛情から結婚を祝福してやれないジョージの複雑な境遇など、グリフィスの作品がより複雑なドラマを見せていることを示している。だが、15分弱という短い時間には詰め込み過ぎで、消化しきれていないように思われた。だが、複雑なドラマをいかに効率よく語っていくかという努力が映画技法を磨いていったのだろう。

 ジョージが働くピジョン・ファーム(養鳩場?)のシーンは、見ごたえがある。ロサンゼルスにあった世界最大規模のピジョン・ファームらしく、それまでのニュー・ジャージーからロサンゼルスに移って映画撮影を行っていたグリフィスは、視覚的に面白い情景を使っている。


「THE ROCKY ROAD」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督・脚本D・W・グリフィス 出演フランク・パウエル、ステファニー・ロングフェロー

 貧しい農民の妻が、人生に絶望して赤ん坊を農場に置いていく。思い直して戻るが、赤ん坊は金持ちの女性に拾われた後だった。

 農民の妻の心理を描こうとしたと思われるが、今一つ伝わりにくい。最大の問題はグリフィスの技術が追いついていない点と思われる。ただ、グリフィスが人間の心理などの複雑なものを映像化しようと試みている点は感じ取れ、そうした思いが技術の革新につながっていったであろうことが分かる。


「FAITHFUL」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本フランク・E・ウッズ 出演アーサー・V・ジョンソン、マック・セネット

 金持ちの男が、車で浮浪者を引っかけてしまう。男は浮浪者に金を払うが、浮浪者は男の後を付け回す。

 コメディでもあり、ドラマでもある。いくつかのジャンルが混合された作品だが、うまくまとまっている。浮浪者を演じるマック・セネットの演技の功績は大きい。浮浪者の存在がこの作品をまとめている。


「AN AFFAIR OF HEARTS」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス、フランク・パウエル 脚本スタナー・E・V・タイラー 出演ビリー・クアーク

 2人の紳士が1人の美しい女性を追いかけるが、女性には夫がいたのだった。

 コメディである。グリフィスはコメディが好きでも得意でもなかったと言われ、この作品も共同監督にパウエルの名前があり、実質的にはパウエルが監督したのかもしれない。


「A CHILD OF THE GHETTO」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本スタナー・E・V・タイラー 出演ドロシー・ウェスト、デル・ヘンダーソン

 母親を失い1人となった少女ルースは、スラム街で裁縫の仕事を得る。だが、経営者から財布を盗んだ濡れ衣を着せられ、ルースは田舎へと逃げる。

 短編時代のグリフィスは貧困についての作品を多く製作している。その中で、この作品の特徴は田園と都市の対比がされていることだろう。都市は邪悪で、田園は善良というイメージで作られている。ルースは田園で自分を受け入れてくれる家族を見つけるし、ルースに濡れ衣を着せた経営者も田園では心にゆとりがあるように描かれている。

 田園と都市の対比は、映像面でも行われている。都市では大勢の通行人がいる中でロケが観光されており、田園地方の風景との対比がされている。映画スターが出演していない(というか当時はまだ映画スター自体が存在していなかった)からこそ可能だった撮影といえる。とはいえ、通行人にカメラを極力意識させないで撮影するのは簡単ではなかっただろう。

 カメラ・テクニックの面ではそれほど工夫は見られないが、ロケ撮影と主題との融合にグリフィスの工夫が見られる。


「MUGGSY'S FIRST SWEETHEART」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本フランク・E・ウッズ 出演ビリー・クアーク、メアリー・ピックフォード

 マグジーは通りすがりのメイベルに恋をする。2人は仲良しになり、マグジーはメイベルの家にあいさつに行く。

 コメディである。この作品を最後にヴァイタグラフへと移籍するビリー・クアークのナチュラルな演技は、この後のマック・セネット製作作品に代表されるような大げささとは異なる。インパクトは小さいが、微笑ましい作品ではある。かわいらしいピックフォードは、微笑ましい作品に花を添えている。


「A FLASH OF LIGHT」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本スタナー・E・V・タイラー 出演チャールズ・ウェスト

 実験中に失明した化学者のジョン。ジョンの妻はジョンの面倒を見ず、代わりに以前からジョンを愛していたジョンの妻の姉がジョンの面倒を見る。

 大仰なメロドラマなのだが、大仰さを貫き、さらに大仰なラストに至る徹底ぶりが魅力だ。いつの時代も極端さは、ただそれだけで見るものの気を引く。


「AN ARCADIAN MAID」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本スタナー・E・V・タイラー 出演メアリー・ピックフォード、マック・セネット

 仕事のない女性が、ある農場で仕事を得て働きだす。そこに現れた行商人の男に、女性は好意を抱く。だが、行商人の男は、ギャンブルの借金を払うために女性をそそのかして、農場の主人の金を盗ませる。l

 ピックフォードが主役の女性を演じている。貧しく、世間知らずで、純粋な女性というキャラクターにピックフォードは説得力を持たせている。ピックフォード=子役という方程式とは異なる魅力をピックフォードが持っていたことを証明している。

 映画的なテクニックは駆使されていないが、グリフィスの演出は適切だ。特に、女性と行商人の男の甘いラブ・シーンと、女性が行商人に裏切られたことを知るシーンを、同じ場所に設定している点など、劇作上のセオリーが踏まれている。


「HER TERRIBLE ORDEAL」(1910)

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督・脚本D・W・グリフィス 出演ジョージ・ニコルズ、オーウェン・ムーア、フローレンス・ベイカ

 事務員のジャックとアリスは恋人同士。ある日、アリスが事務所で強盗に襲われ、金庫に閉じ込められる。鍵を持った所長は外出中で、ジャックはアリスを助けるために所長を探す。

 金庫の中で薄くなっていく空気の中意識が混濁していくアリスと、所長を探すジャックのカット・バックが見どころの作品。カット・バックの手法は洗練されているとはいえないが、編集によってサスペンスを生み出そうというグリフィスの努力は感じ取ることができる。



「喫煙家」

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給 原題「THE SMOKER」
 監督D・W・グリフィス、フランク・パウエル 脚本フランク・E・ウッズ
 出演ビリー・カーク、メアリー・ピックフォード

 タバコの煙を嫌がる妻に隠れて吸える場所を求める夫。ある夫婦の家で吸わせてもらうようになるが、妻は浮気をしているのではと疑う。

 技術的にはこれといった特徴のある作品ではないが、今も昔もタバコの煙は非喫煙者から嫌がられていたことが分かる。だが、「浮気をしないなら、タバコを吸うくらいOK」となる終わり方は、喫煙に寛容だった当時の空気が感じられて面白い。



「IN LIFE'S CYCLE」

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本チャールズ・シモン 出演ジョージ・ニコルズ、ステファニー・ロングフェロー

 母親を亡くした父と住むジェームズとクララの兄妹。ジェームズは牧師の道を歩むが、クララは悪い男と駆け落ちをしてしまう。

 グリフィスの作品の特徴として、都会の悪と田舎の善の対比がある。クララが駆け落ちをして都会に行き、男が飲んだくれになる点に、都会の悪へのグリフィスの思いが感じられる。一方で、ストーリーは淡々と進み、悪く言えば平板で、ちょっとして教訓話といった印象を受けた。



「THE MODERN PRODIGAL」

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 脚本デル・ヘンダーソン 原作べス・メレディス 出演ガイ・ヘドルンド

 田舎から都会へ出た若者が、犯罪者となり脱獄して田舎へ逃げてくる。そこで、川に溺れる少年を助けるが、少年の父親につかまってしまう。

 ちょっとした教訓話なのだが、グリフィスの特徴が詰まっている。内容的には都会の悪と田舎の善の対比が込められていると言えるが、それ以上に演出面での工夫が感じられる。

 演出面での工夫が何かというと、同じ場面の繰り返しの使用だ。都会の悪と田舎の善は、完全に省略して描かれている。意気揚々と田舎の道を都会に出ていく青年。続いて同じ道を、今度は囚人服姿の青年が戻って来る。この極端な省略は効果的だ。

 オープニングとラストが同一の場面である点にも注目したい。母親に別れを告げる青年と、母親と再会する青年は同じ場所で同じ構図で撮られている。オープニングとラストの同一性は、グリフィスの構成面でも大きな特徴の1つだ。変わりゆくものと変わらないものの、ひいては人間の小ささと大きな時の流れを感じさせる。グリフィスの短編には、今見ても心に残るものが少なからずある。その多くに、オープニングとラストの同一性がある。



「OVER SILENT PATHS」

 製作国アメリカ バイオグラフ・カンパニー製作・配給
 監督D・W・グリフィス 撮影G・W・ビッツァー 脚本スタナー・E・V・タイラー
 出演マリオン・レナード、デル・ヘンダーソン、クリスティ・ミラー、アーサー・V・ジョンソン

 当時、東部から西部へとユニットを組んで映画撮影を行なっていたグリフィスが監督した作品。メアリー・ピックフォードリリアン・ギッシュを主役に据える前のヒロインだったレナードが主演している。

 舞台は西部。父親を殺されて復讐を誓う娘。行き倒れになっていた男を助けて、2人は恋に落ちるが・・・。

 予想ができる展開、まだ研ぎ澄まされていないグリフィスの演出・・・と言ってしまえば元も子もないが、冗長に感じさせない1カットの長さや、哀しみに溢れたラスト・ショットと字幕など、同時期の他の作品とは一線を画す魅力は随所にある。