日本 尾上松之助と「児雷也」

 この年、すでにスターとなっていた「目玉の松っちゃん」こと尾上松之助は、「児雷也」に出演している。

 「児雷也」は、忍術ものという新しい分野を開拓した作品といわれている。「児雷也」はもともと中国の盗賊物語をヒントに江戸後期に大ベストセラーになった連続活劇調の物語だ。幕末に芝居になり、変身のスペクタクルが人気を呼んだ。児雷也は義賊であり、子供たちが無条件で支持できる人物とは言いがたかったため、児雷也のお子様向け改良版として「猿飛佐助」が製作された。

 「猿飛佐助」は、同時期に子供たちに人気があった児童向き講談本(立川文庫とその亜流)から材をとった。豊臣方に味方する真田家の十人の勇士の一人の忍術使いの武勇談で、「西遊記」の影響も受けている。

 この頃の忍術映画や「児雷也」「猿飛佐助」について、映画評論家の佐藤忠男は「講座 日本映画1 日本映画の誕生」の中で次のように書いている。

児雷也のような得体の知れない怪人が、子どもの人気を得ることによって多くの亜流を生み、それがやがて、おなじように異常な魔法めいたものを使いながらも、もっと愛すべき猿飛佐助のような存在に変化してゆくという過程は、大衆児童文化の歩みの上ではしばしば繰り返されるものである。芝居の「児雷也」は大人が喜んだのだが、映画化されたそれは子ども向けであった。そこには、超自然的な恐怖すべき存在を、より可愛らしい存在に変えることによって飼い馴らす、という精神の作用が働いているように思われる。ずっと後年、大人の薪炭をも寒からしめた『キング・コング』(1933)や『ゴジラ』(1953)が、1960年代には“怪獣もの”の流行となってたちまち子どものアイドルにとり込まれてしまったこともおなじ経過を示している」



(映画本紹介)
日本映画の誕生 〜講座日本映画 (1)

 日本映画についての歴史や論評をまとめた「講座 日本映画」シリーズの第一巻。成り立ちから、「新派」「旧劇」といった重要用語の詳しい解説、弁士についてなど、日本映画初期を概観するには最適の1冊。