ダグラス・フェアバンクス アクション・スターである前にスターだった男

 「奇傑ゾロ」(1920)、「バグダッドの盗賊」(1924)、「ドンQ」(1925)・・・ダグラス・フェアバンクスが主演した映画で、日本でよく知られている作品を並べてみると、胸躍る冒険活劇の名前が並ぶ。そこには、アクション・スターの原点としてのダグラス・フェアバンクスがいる。

 日本でソフト化されたダグラス・フェアバンクスの作品の最も古いものは、1920年の「奇傑ゾロ」だ。しかし、フェアバンクスの映画主演デビューは1915年の「快男子」である。ここに空白の5年間がある。この5年間の結果が、「奇傑ゾロ」以降のアクション・スターとしてのダグラス・フェアバンクスであることを忘れてはならない。


 フェアバンクスは生涯で50本弱の作品に主演したが、「奇傑ゾロ」以降は14本しかない。それでは、「奇傑ゾロ」以前のフェアバンクスはどんな作品に出演したのだろう?

 「奇傑ゾロ」以前のフェアバンクスの作品は、コメディが多かった。しかも、捻りの効いたストーリーに、アクションを交えたコメディである。そして、フェアバンクスの作品はヒットした。私は「奇傑ゾロ」以前のフェアバンクスの作品を、10本程度しか見ていない。だから一概には言えないが、私が見た印象は、それまでの映画にはないタイプのコメディだというものだ。

 それまでのコメディは、いかにも「コメディ」といったものが多かった。いわゆるスラップスティックと言われるドタバタものは、大げさな身振りやチェイス・シーンが魅力だった。登場人物は、変な恰好をしていたり、太っちょだったり、やせっぽちだったりと、身体的な特徴を持っている場合が多かった。性格も、過度に意地悪だったり、過度に嫉妬深かったりと極端なものが多かった。アクションも、映像トリックを使ったり、登場人物が持つ高い身体能力を使ったりした、超人的なものが多かった。

 フェアバンクスの作品は違った。一言で言うと、極端ではないのだ。まず見た目が違う。ハンサムかどうかは各人の判断に任せるとして、中肉中背、奇抜な髪形や服装はしない。アクションも常人よりも優れた身体能力を持っているものの、さらりとやってのけるため、これみよがしな「すごいだろ」という印象を与えない。そこには私たちに近い存在としてのダグラス・フェアバンクスがいた。人々は自分に近い存在が演じるコメディとして、フェアバンクスの作品に夢中になったのではないだろうか?


 フェアバンクスは爆発的な人気を得るようになり、同じく大スターだったメアリー・ピックフォードとも結婚して、名実共にハリウッドを代表するスターとなった。ダグラス・フェアバンクスの認識として、「アクション・スター」は間違いではない。しかし、それ以上にフェアバンクスは、「スター」だった。

 「奇傑ゾロ」以降のフェアバンクスの作品は、完全にスターとなったフェアバンクスの作品であることを覚えておいた方がよい。スターとなり、自らのプロダクションと、自らが設立に参加した配給会社(ユナイテッド・アーティスツ)を持ち、後にアカデミー賞の初代会長になり、各国の要人が西海岸を訪れた際には進んでホストを務めたりと、自信に満ち溢れた人生送るようになったフェアバンクスの作品であるということを。


 「奇傑ゾロ」後のフェアバンクスの作品は、まさにスターの作品である。金をかけて人々が好むであろうキャラクターを演じるフェアバンクスの姿は、まさにスターの姿である。しかし、「奇傑ゾロ」以降の作品を見ると、映画がスターの映画らしくなればなるほど、フェアバンクス自身が小さくなっていくように感じられるのだ。

 最も象徴的な作品は、フェアバンクスの代表作と言われる「バグダッドの盗賊」(1924)だ。見事なセット、見事なスペクタクル。大金がかけられた「バグダッドの盗賊」は、まさにスターの映画である。しかし、フェアバンクス自身の存在は、見事なセットや見事なスペクタクルに比べて、あまりに小さくなってしまっているように感じられた。


 「奇傑ゾロ」以降の作品だけを見て、ダグラス・フェアバンクスを理解したと思ってはいけない。「奇傑ゾロ」以降の作品は、スターの映画である。「奇傑ゾロ」以前の作品は、フェアバンクスの作品である。そして、両方合わせて、ダグラス・フェアバンクスというスターがどういう存在だったかが分かるというものだ。