映画トピックス

 映画と環境

私は学生時代に映画館でバイトをしていた。「ハムナプトラ」(1999)の上映が終わった後、1人のおじさんが帰り際に私に言った。「映画館で見るような映画じゃないな。映像も音響も家で見た方が、迫力がある」と。 今の私の家には大画面の液晶テレビにブ…

 時代劇が日本映画の重要なジャンルとなったわけ

ジェダイは、「スター・ウォーズ」シリーズに登場する宇宙の平和を守る人々の総称である。ジェダイの騎士たちの武器は、ライト・セーバーと呼ばれる光線剣だ。「スター・ウォーズ」(1977)の爆発的なヒットの理由に、様々な娯楽映画の要素をSFに付け…

 無自覚だった男 ロスコー・アーバックル事件

無自覚な人がいる。ある会社の管理職、会社からは強いリーダーシップで部下たちを率い、部下たちからは会社と自分たちの架け橋になることを期待されている。しかし、当の本人にあまり自覚はない。部下たちと一緒に会社のグチをいったりしてしまう。でも、仕…

 変化するグッド・バッド・マン ウィリアム・S・ハート

脚本(シナリオ)の書き方を指南してくれる本は、多く発売されている。その中で強調されていることに、主人公に「変化」が必要であるという点がある。特にハリウッド流の脚本術を教えてくれる本では、強く書かれていることが多い。 1910年代は、映画がス…

 完全無音映画鑑賞

映画館で映画を見ていて、静寂のシーンになる。すると、途端にちょっとした物音が気になる。咳や食べ物を食べる音はもちろん、ちょっと体を動かしただけで生じる衣擦れの音まで。 映画はかつてサイレントだった。サイレントとは「静寂」「無音」を意味する言…

 我々はなぜ「カリガリ博士」に魅せられるのか?

ビデオ・レンタル店の膝から脛にかけてのゾーンには、時折宝物が隠れていた。新作でもなく、おしゃれでもなく、話題作でもない、多くの作品たちが、そこにはいた。彼らの多くは埃を被り、埃は見てみようかと思う気持ちを削ぎ、さらに埃はたまっていった。 「…

 映画と自動車という同級生

1908年、フォード・モーター社から画期的な自動車が発売された。T型フォードである。T型フォードの何が画期的だったかというと、安かったのだ。チャールズ・チャップリンの「モダン・タイムス」で批判されているベルトコンベアによる流れ作業方式により…

 ダグラス・フェアバンクス アクション・スターである前にスターだった男

「奇傑ゾロ」(1920)、「バグダッドの盗賊」(1924)、「ドンQ」(1925)・・・ダグラス・フェアバンクスが主演した映画で、日本でよく知られている作品を並べてみると、胸躍る冒険活劇の名前が並ぶ。そこには、アクション・スターの原点とし…

 カットバックは襲われる女性と救助する男性だけのものではない

彼女とのデートに遅れそうなとき、彼女が本当に何をしているのかを知ることは難しい。すでに待ち合わせ場所にいるかもしれないし、彼女も遅れそうで急いでいるかもしれないし、約束を忘れて他の男と遊んでいるかもしれない。そのとき何をしているのかを後で…

 成り上がり者たちの王国 ハリウッド

1920年頃、ハリウッドには多くの映画製作会社があり、多くの映画人が活躍していた。現在のハリウッドの基礎は築かれていた。 ハリウッドに映画人が集まったのには様々な理由がある。地中海性気候のため晴れの日が多く、撮影のために日光を必要としていた…

 あなたの中のイーストウッドは枯れているか?

私が知ったときのクリント・イーストウッドは、すでに枯れていた。そのイメージは消えない。イーストウッドの若かりし頃の作品を見ても、どうしても枯れたイメージがちらつく。私が知ったときのカトリーヌ・ドヌーヴは、きれいなおばさんだった。「シェルブー…

 かつて、日本映画に女優は存在しなかった

帰山教正によって作られた「生の輝き」「深山の乙女」(1919)は、日本映画の革新を目指して造られた作品と言われている。弁士のいらない映画、せめて一人の弁士が解説するスポークン・タイトル入りの映画を目指したという点も革新の1つなのだが、ここ…

 メアリー・ピックフォード=子役?

メアリー・ピックフォードという名前を知っている人自体が少ないと思われる。そのことがまず寂しいことだ。そしてピックフォードは子役として活躍したと言われており、知っている人の多くがそう思っていることだろう。それはさらに寂しいことだ。 といっても…

 セシル・B・デミル すべての道はセックスに通じる

かつてビデオデッキが発売された頃、販売戦略としてアダルトビデオをセットにつけたところ、売り上げが増大したという話がある。当時は家庭で映像を見るためには、基本的にはテレビしかなかった。8ミリの映写機などのフィルムの映写機もあり、フィルムでポ…

 ユナイテッド・アーティスツ そこにあるのは自惚れか?映画への夢か?

それは、自惚れだったかもしれない。それは、驕りだったかもしれない。 1919年、チャールズ・チャップリン、メアリー・ピックフォード、ダグラス・フェアバンクス、D・W・グリフィスという映画界の巨人4人が配給会社ユナイテッド・アーティスツを設立した…

 失われた技法 染色と着色

今では死語だろうと思われるが、一昔前の映画のポスターやチラシをには、「総天然色」という文字を見ることができる。私は昔からこう思っていた。別に「カラー」と書けばいいじゃないかと。その理由が、サイレント映画を見ていてわかった。それは、「総天然…

 クロース・アップ 愛すべきサイレント映画最大の武器

クロース・アップ(大写し)。映画草創期においては、クロース・アップこそが映画最大の武器であるとまで言われた技法である。文字通り、顔であったり、手であったり、物であったりといった特定のものを、スクリーンに大きく写すのが、クロース・アップである。…

 第一次世界大戦 映画と戦争の出会い

第一次大戦は、1914年から5年にわたる戦闘の末、900万人以上の兵士の戦死者を出した戦争である。 1895年に誕生したとされる映画にとって、第一次大戦は初めての戦争ではなかった。例えば1898年にアメリカとスペインの間で起こった戦争に映画…

 日活の独占が成立しなかった理由

現在でも名を残す映画会社である日活は、1912年に設立された会社が元となっている。設立当時の正式社名は日本活動写真株式会社であり、その略称が日活であった。 日活は、当時の日本映画の四大会社であった横田商店、吉沢商会、エム・パテー商会、福宝堂…

 ディーヴァはなぜイタリア映画を衰退させたか?

「ディーヴァ」とは女神と言う意味を持つ言葉であるが、ここでは主に1910年代後半のイタリア映画界を支配したと言われる、女優たちのことを指す「ディーヴァ」について書きたい。 イタリアにおけるディーヴァは、1913年頃に誕生したと言われる。「さ…

 ニュース映画の誕生

映像が当たり前の存在になった私たちにとって、ニュースとは当たり前の存在である。テレビで、ネットで、携帯電話で、街頭の大型ビジョンで、映像は至るところに溢れている。しかし、映画が誕生するまで、ニュース映像などというものは存在しなかった。映像…

 アドルフ・ズーカーによる映画の等級分け

アドルフ・ズーカーが率いたフェイマス・プレイヤーズは、製作する映画をABCの等級に分け、製作費にも差をつけた。Aは舞台の有名俳優が出演する作品。Bは映画のスターたちが出演する作品。Cはフェイマス・プレイヤーズの大部屋俳優が出演する、最も制…

 「連続映画」観客の興味を引く努力の濃縮品

「連続映画」「連続活劇」と呼ばれるジャンルは、1910年代から1920年代に流行したもので、15分から20分程度の作品を、数週間に渡り連続で上映するスタイルのものである。「連続映画」が誕生した1910年代始めは、映画の上映時間はまだ短く、…

 ヒューゴー・ミュンスターバーグ 「映画劇」を読んで

当初は動く写真だったものが、「映画」として変化していった1910年代半ばに、映画について書かれた1冊の本がある。アメリカで活躍していたドイツ出身の心理学者・哲学者であるヒューゴー・ミュンスターバーグによる「映画劇」である。 「映画劇」は、映画…

 「スコウマン」とアメリカ映画の誕生

「アメリカ映画」はいつ誕生したのだろうか?もちろん、アメリカで製作された作品=アメリカ映画と考えるならば、エジソン社が製作した作品からということになるだろう。だが、私がここで「アメリカ映画」とカッコをつけて書いたのは、分かりやすい話法で、…

 早川雪洲がスターになった理由

日本人にとって、ハリウッドの壁は厚くて高い。メイクアップや、マット・ペインティングなどの裏方を別とすると、映画監督や俳優の分野で、一線で活躍することができた日本人はほとんどいない。マコ岩松やジェームズ繁田のように、アメリカに帰化して脇役とし…

 私が読んだ映画の本(1)

ここで私が読んだ映画の本のいくつかを紹介したい。映画を見るのと同じくらい、映画についての本を読むことは刺激的で楽しい体験だ。 映画誕生の父と言われるフランスのリュミエール兄弟についての本については次の本を読んだ。 いずれも日本での上映の過程…

 キーストン社の果たした役割

キーストン社とは1912年に設立されたコメディ専門の映画製作会社のことである。ボスはマック・セネットという人物だ。セネットはD・W・グリフィスの元で修業をした人物である。 キーストン社の映画はヒットし、多くのスターを生み出した。ロスコー・ア…

 D・W・グリフィスが幸せだったのはいつか?

D・W・グリフィス。映画史に少しでも興味の或る人物が、まず最初にぶつかるのがこの人物である。「映画の父」とまで言われたグリフィスは、「国民の創生」(1915)や「イントレランス」(1916)といった超大作で、映画に足跡を残し、その足跡を今…

 エフゲーニ・バウエルと暗さに彩られた3本の映画

今、サイレント映画を見るということはどういうことだろうか?それは、映画史を学ぶということかもしれない。映画(映像)がこの世に誕生し、現在のような形になるまで道程を探る。それは、非常にスリリングで、ワクワクするような探求だ。一方で、映画史な…