その他の日本映画 1922年

 1920年に設立され、トーマス栗原や谷崎潤一郎らが活躍した大正活映は、松竹キネマに版権を譲渡して、映画製作を中止している。この後、映画興行会社として存続するが、1927年に解散することになる。

 この年、映画のための俳優を養成するための学校が東京に設立されている。森岩雄(映画評論家)、田中栄三(映画監督)、帰山教正(映画監督)らが講師を担当。後に日活京都撮影所の所属機関となったが、1933年(昭和8年)に解散することになる。