日活 鈴木謙作の表現主義的作品

 当時の日活向島撮影所で活躍した監督の1人に鈴木謙作の名前が挙げられる。鈴木は、早撮りが普通だった時代に、撮影に時間をかけたことで知られている。その粘りはリアリズムに向けられたが、リアリズムが誇張されて表現主義的とも言われた。1923年には、「旅の女芸人」「人間苦」(1923)といった作品を監督している。

 「旅の女芸人」は、房州のうらぶれた寒村を背景とした悲恋物語である。旅芸人の花形の女性が、行きずりの若い職人と恋に落ちるが、職人は真剣には考えておらず・・・という内容の作品だった。

 「人間苦」は、飢えに迫られて金持ちの家に押し入った浮浪者は、そこで破産のために妻を殺し自分も死のうとしている老人と出会い・・・という内容の作品である。ドイツ表現主義の影響を受けつつも演出はリアリズムの作品で、高く評価された。映画批評家飯島正は、次のように評している。

 「在来の日本映画に未だかつて見出すことのできない新表現を以て、鈴木謙作氏は我々にこの一篇を提供した。人の心に救ひを求めて得られざる孤独の悲哀、人間の生きねばならぬ苦しさを如実に描き出した一遍である。私は鈴木氏の思想の独創に敬服する。少なくとも氏の表現せんとする力そのものに打たれる」