日本 映画専門雑誌の創刊

 映画の人気が高まってきたこの年、映画専門の雑誌「活動写真界」が創刊されている。創刊したのは中島新太郎という人物であり、吉沢商店が出資している。16ページから32ページの月刊誌であるこの雑誌は、出資している吉沢商店のPR誌の意味合いもあったが、内容は公平だったといわれている。この雑誌には、後に「生の輝き」(1918)を製作することになる帰山教正も寄稿している。「活動写真界」は1913年に廃刊になっている。

 その他、エム・パテー商会の後援で「活動写真」が、横田商会の後援で「活動写真タイムス」が創刊されたが、長くは続かなかった。

 またこの年は、ハルビン伊藤博文が暗殺された年でもある。この暗殺の場面をロシア人のカメラマンが偶然撮影していた。このフィルムは翌年(1910年)に両国国技館で公開されることになる。


(映画本紹介)

日本映画発達史 (1) 活動写真時代 (中公文庫)

日本映画発達史 (1) 活動写真時代 (中公文庫)

日本の映画の歴史を追った大著。日本映画史の一通りの流れを知るにはうってつけ。