日活 溝口健二、1年目の監督作品

 「敗残の唄は悲し」(1923)は、房州の漁村を背景にした作品である。漁村の娘お葉は、村に遊びに来た大学生と恋に落ちる。やがて、大学生の子供を出産したお葉だったが・・・という内容の作品だ。青島順一郎のカメラに負うところが大きいが、場面構成などに溝口の力が感じられるという。

 「813」は、モーリス・ルブランの怪盗ルパン小説を元にした探偵劇である。巨万の富のありかを示す謎の数字「813」を巡って探偵と中国人、黒衣の怪人が競い合うというルパンの世界を日本に置き換えた作品である。

 「霧の港」(1923)は、霧の夜の港町を舞台にして、裏切った老水夫を殺してしまった船員の24時間を描いた作品である。映像美と無字幕的な構成が特徴だったという。冷酷な運命の皮肉にさらされる人々たちの悲劇を的確な性格表現で描出した田中総一郎の脚本が高く評価されている。溝口健二も、場面構成や俳優指導に手腕を発揮し、溝口の出世作と言われている。

 「夜」(1923)は、2つの独立した短編からなる風刺劇である。第一編「美しき悪魔」は、夫婦外出中の家に入った泥棒が、無心な子供にほだされて何も取らずに帰るというもの。第二篇「闇の囁き」は、再婚した妻の本心を疑い、前夫と話を付けるべく外出した男は・・・というものである。「美しき悪魔」は新しい社会を、「闇の囁き」は下町=旧社会を描いたものである。「闇の囁き」の方が出来が良いとされ、溝口が旧社会を描いた方が手腕を発揮する監督であることの一例と言われる。

 「血と霊」(1923)は、エルンスト・ウィルヘルム・ホフマン「ステキュデリー嬢」を翻案した、表現主義的な映画で、題材の新奇さで評判になったという。ある町で連続殺人が起き、宝石店店主の殺害犯として店員の青年が逮捕される。だが、連続殺人犯は殺された店主で、店主は酔っ払いに殴り殺されており、青年は無罪だったというストーリーである。「カリガリ博士」(1920)の影響のほか、日活向島表現主義的な作品を監督していた鈴木謙作の影響も見られるといわれている。

 関東大震災の際には、被害地の実況をフィルムに収めて「廃墟の中」(1923)を製作している。恋人との仲を裂かれて結婚した人妻が、震災後に昔の恋人とめぐり合う物語である。

 震災の影響で京都に移った後は、「峠の唄」(1923)を監督している。罪を犯した女と駆け落ちした息子の父親は、女と子供は許すが息子は許さなかった。そのため息子は鉄道自殺をするという内容である。