映画評「素晴しい哉人生」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ [原題]ISN'T LIFE WONDERFUL [製作]D・W・グリフィス・プロダクションズ [配給]ユナイテッド・アーティスツ

[監督・製作・脚本]D・W・グリフィス [原作]ジョッフレイ・モッス [撮影]ヘンドリック・サートフ、ハロルド・S・シンツェニック

[出演]キャロル・デンプスター、ニール・ハミルトン、アーヴィル・アルダーソン、ヘレン・ローウェル、マーシャ・ハリス

 第一次大戦後のドイツ。ポーランドから避難してきた教授の一家。除隊して帰ってきた息子ポールと、養子として育ててきたインガは愛し合っている。教授の一家は食べ物に欠く苦しい生活に耐え、ポールとインガも自立していけるようにジャガイモを育てるなど苦労を重ねる。

 1920年代のD・W・グリフィスの作品は下降線を辿っていったと言われる。その理由は、リリアン・ギッシュやロバート・ハロンといったグリフィス作品を支えた役者陣が出演しなくなったからとも、グリフィスの昔気質の考え方が「狂乱の20年代」には合わなかったからとも言われる。確かに、常連が出ていないグリフィス作品には寂しさを感じさせるものも多いし、グリフィスに出てくる主役は純粋でいい人ばかりだ。

 「素晴らしい哉人生」は、そんな時代のグリフィス作品の中でも優れた作品と言われる。私の見た感想は違う。「素晴らしい哉人生」は、単に素晴らしい作品である。

 第一次大戦中にイギリスの要請で作られた「世界の心」(1918)は、ドイツを徹底的に悪役にした作品だった。「素晴らしい哉人生」は、まるで少し頭に血が上っていたことを反省するかのように、ドイツに住む人々(正確にはドイツに避難してきたポーランド人)の困難を描いた作品となっている。

 物質的な窮乏。それも慢性的な先の見えない窮乏。1924年当時において、こうした状況を描いた作品を思い出すことができない。そして、この後も第二次大戦後のネオ・レアリズモまでないのではないだろうか?アメリカ人のグリフィスがアメリカ映画として描いたからこそ可能だったのかもしれないが、そうした野心的なテーマにチャレンジするグリフィスの姿勢は、「國民の創生」(1915)からいささかも変わっていないと思わせる。

 第一次大戦後のドイツはハイパーインフレに襲われていた。歴史の教科書に載っていた、大量の札束の前でうなだれる労働者の写真を記憶する見たことがあるだろう。「素晴らしい哉人生」では、1キレの肉を買おうとするインガの様子でハイパーインフレを描く。900万マルクで肉を買えることを知ったインガは家中の金をかき集める。1200万マルクある。急いで行列に並ぶインガ。だが、表に書かれた肉の値段は、時間が経つにつれて上がっていく。ついに1500万マルクになってしまう。

 グリフィスの腕は冴えている。「肉を買う」という日常的なはずの出来事に、当時のドイツの食糧事情、経済事情を集約してみせる。そして、この時のデンプスターの表情!絶望に嘆き悲しむのではなく、哀しみとも諦めともつかない表情で、そっと涙を拭うのだ。

 デンプスターは、終盤のクライマックスでも凄まじい演技を見せる。ポールと苦労して育て収穫した大量のジャガイモを荒くれ者たちに奪われそうになる。デンプスターは必死で荒くれ者たちを説得する。「私たちもあなたと同じ労働者よ」という言葉に荒くれ者たちのリーダーの心は動く。そのときのデンプスターの、必死さを必死に隠す表情!恐怖と希望がないまぜになった表情!「素晴らしい哉人生」に限ってだが、デンプスターはリリアン・ギッシュと並ぶ演技を見せている。

 グリフィス作品以外での活躍を聞かないことから考えても、デンプスターは役者としてギッシュより数段劣る人物だと思われる。だが、普通のポーランド女性という肩肘を張る必要がない役柄を与えられ、グリフィスの演技指導によって素晴らしい演技を見せてくれたのだ。そして、これは映画監督グリフィスの勝利でもある。ギッシュのような素晴らしい役者を失ったとしても、これだけの作品を生み出し、これだけの演技を提供できるという、映画監督としての勝利だ。

 冒頭、河辺で寄り添う恋人たちで始まる「素晴らしい哉人生」は、荒くれ者たちにジャガイモを奪われて絶望的な状況にもかかわらず、2人で生きて行くことの素晴らしさを感じるポールとインガの姿で一旦幕を閉じる(この後エピローグがあるが、蛇足に感じた)。この冒頭とラストで同じ光景を見せるが、意味が異なるという演出はグリフィスの得意とするものだ。そして「素晴らしい哉人生」でも、人生の困難さを知る前と後の恋人たちの姿を希望に満ちた視線で描いてみせる。

 「素晴らしい哉人生」は、素晴らしい作品だ。「1920年代のグリフィスは下降線をたどった」という教科書のような一文で済ませてしまうには、グリフィスという人物は奥が深すぎることを教えてくれる。


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