映画評「キートンの探偵学入門」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]アメリカ [原題]SHERLOCK JR. [製作]バスター・キートン・プロダクションズ [配給]メトロ・ピクチャーズ

[監督・製作]バスター・キートン [製作]ジョセフ・M・シェンク [脚本]ジーン・C・ハベッツ、ジョセフ・A・ミッチェル、クライド・ブラックマン [美術]フレッド・ガブリー

[出演]バスター・キートン、キャスリン・マクガイア、ジョー・キートンアーウィン・コネリー、ウォード・クレイン

キートンの探偵学入門 [DVD]

 しがない映写技師で探偵を目指しているバスターは、恋のライバルにはめられて、愛する女性の父親から泥棒扱いされる。傷心のバスターは、夢の中で名探偵シャーロック・ジュニアとなって活躍をする。

 キートンの全盛期と言える時代を代表する作品の1つである。細かいギャグ、奇抜なアイデア、アクロバティックな動き、監督キートンの演出と、どれを取っても見事だ。

 序盤は静かな立ち上がりを見せる。ゴミの中に落ちている1ドル札を巡るギャグといった細かいギャグから、愛読書である「探偵学入門」に書かれている通りに、容疑者の後をつけて一挙手一投足までを真似するギャグ(見事な移動撮影がギャグと合っている)が地味ながらも堅実に妙技を見せてくれる。

 「探偵学入門」の最大の特徴は、バスターが映画の世界に入っていくという点だろう。映画の観客の心理を反映しているともいえるし、いろいろと分析してみたくなる点だ。だが、バスターが映画の世界に入っていくという点は、映画ならではの技法である「編集」を使ったギャグにつながっている点が最も重要だと思う。

 映画は、編集という技法を使うことで、一瞬にしてあらゆる場所へと飛んでいくことができる。その特徴をうまく使って、映画の世界の中に入り込んだバスターが、ジャングルや、岸辺や、雪原などへと次々に変わっていく世界で右往左往するギャグは、その見事なアイデアに拍手を送りたくなる。映画自体を題材にしたり、映画撮影の現場や映画館を舞台にした映画は数多くあったが、映画技法を使った映画という点に、「探偵学入門」の素晴らしさがあると思う。そのアイデアを活かした特殊撮影の見事さも忘れてはならないだろう。

 映画後半は、バイクのレバー部分に1人乗ったバスターの(バスターは、後ろで別の人物が運転してくれていると思い込んでいる)暴走シーンが素晴らしい。徐々にボルテージを上げて後半に畳み掛けるようなアクションに次ぐアクションを見せるという展開は、同年のハロルド・ロイド主演の「猛進ロイド」(1924)も同じだが、「探偵学入門」の方が、アイデアの点で優れているように感じられる。また、「猛進ロイド」がドラマの要素が強いのに対して、「探偵学入門」がアクロバティックな動きやギャグを見せるのが目的であるという点も大きな違いだ。

 エピローグ的な、ラストのオチのギャグは静かだが見事で、構成の素晴らしさも光っている。

 芸が中心のチャップリンに対して、キートンは技が中心だ。しかし、「探偵学入門」ではキートンの素晴らしい芸も披露される。ビリヤードのシーンがそれで、爆弾が仕掛けられている13番のボールを見事に避けて、他の玉をすべてポケットに収めてしまうテクニックは見事の一言につきる。

 監督を務めているのは、バスター・キートン自身だ。そのキートンの演出も光っている。ギャグやアクロバットの視覚的効果を最大限に高めるために、あるときは真横から、またあるときは後ろから、あるときは固定カメラで、またあるときは移動撮影で、捉えられている。すごさが最も伝わる方法で撮影されている。走り出した列車の上で後ろへ後ろへと走るバスターが、常に画面の真ん中に位置されるように、真横から撮影されているシーンの素晴らしさを見よ。暴走するオートバイが、倒れていく橋の上を走る様子を真横から撮影されているシーンの素晴らしさを見よ。

 ちなみにこの作品は、キートンの盟友であり恩師とも言えるロスコー・アーバックルが監督する予定だったという。殺人容疑をかけられて、映画界から干されていたアーバックルを、友人のキートンが助けようと思ってのことだったらしいが、ショックから立ち直れていなかったアーバックルは監督を行うことが出来ずに、キートンが監督することになったのだという。

 素晴らしい演出で撮影されているキートンのアクロバットは、いつものごとくさらりと描かれている。あまりにさらりと描かれているために、ついつい忘れられがちだが、キートンのアクロバットは危険だ。給水タンクから大量の水がバスターの上に落ちてくるシーンで、キートンは首の骨を骨折している。

 「探偵学入門」は、45分という比較的短い時間の中で、キートンのギャグのアイデアキートンの芸、キートンのアクロバティックな技、そしてキートンの見事な演出が詰め込まれた作品だ。そして、「探偵学入門」は、演出によって元々素晴らしいキートンの動きを、より素晴らしく伝えることができることを私たちに教えてくれる。その意味で、ためになる作品でもあるが、何はともあれ、おもしろい映画だ。

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