映画評「キートンの大列車追跡」

※ネタバレが含まれている場合があります

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[製作国]アメリカ  [別題]キートン将軍、キートン大列車強盗  [原題]THE GENERAL  [製作]バスター・キートン・プロダクションズ、ジョセフ・M・シェンク・プロダクションズ  [配給]ユナイテッド・アーテイスツ

[監督・脚本]バスター・キートンクライド・ブラックマン  [脚本]アル・ボースバーグ、チャールズ・ヘンリー・スミス  [撮影]バート・ヘインズ、デイヴ・ジェニングス

[出演]バスター・キートン、マリアン・マック、グレン・キャベンダー、ジム・ファーレイ、フレデリック・ブルーム、チャールズ・ヘンリー・スミス、フランク・バーンズ、ジョー・キートン、マイク・ドンリン、トム・ノーン

[受賞]アメリカ国立フィルム登録簿登録

 時は南北戦争。機関士のジョニーは、北軍の兵士に汽車で連れ去られた恋人のアナベルを、汽車で追いかける。敵の陣地でアナベルを救出した上に北軍の作戦を知ったジョニーは、汽車で南軍の元へと向かうが、北軍の兵士の乗った汽車に追いかけられる。

 「キートンの大列車追跡」は、バスター・キートンの最高傑作の1つに数えられる作品であり、2007年にアメリカ・フィルム・インスティトゥートが選んだコメディのランキングでは18位に選ばれている。また、キートン自身も気に入っていた作品でもあるという。だが、公開当時、興行的に奮わなかった。

 バスター・キートンと言えば、身体性の高さ、巧みに使われるセットや小道具、細かい計算されたギャグが持ち味のコメディアンである。この作品は、その3つが最もうまくブレンドされた作品であると言えるし、その点でキートンの作品の中では質の高い作品となるのだろうと思う。

 映画のかなりの部分は汽車での追いかけっこに費やされている。キートンは身軽にピョンピョンと飛び跳ねて移動しながら様々な困難を乗り越えていく。キートンの動きは軽やかだ。何気ない動きの1つ1つが、計算されつくされている。例えば、焚き木のために線路脇に積んである木の板を、汽車の屋根の上に投げるシーン。屋根の上に乗せた板に、追加で投げた板をぶつけて全部落としてしまう。力が足りなかったからと思い、ちょっと力を入れて投げると汽車の向こう側に落ちてしまう。ワン・ショットで見せるこの技は、キートンの力の入れ具合や投げ方にかかっている。キートンは見事にそれをこなしている。

 キートンの動きは見事なのだが、かなり地味だ。「キートンの船長(キートンの蒸気船)」のような一目でわかるすごさではない。私は、この作品を最初に見たとき、ほとんどキートンの映画を見たことがなかった。「代表作と言われるのだから、キートンの身体性の高さが詰め込まれているのだろう」と思って見てしまったため、かなりの失望を覚えたことを思い出す。

 セット・小道具としての汽車は、見事に使いこなされている。40万ドルという当時としては大規模な予算で撮影されただけあって、ミニチュアやセット撮影では味わうことのできないリアリティが感じられる。映画終盤で橋から落ちる汽車は、スペクタクルとしての面白さといい、ギャグとしての面白さ(自信満々に橋を渡れと命令した士官が、橋から落ちた様子を見て唖然とする)といい、サイレント・コメディを代表するカタストロフィと言ってもいいのではないだろうか。

 ストーリーや登場人物のキャラクターについても語ろう。

 ストーリーはトマス・H・インスの「THE DRUMMER OF THE 8TH」(1913)を思い起こさせる。兵士になりたいがなれない少年が、軍隊に紛れ込んで敵の秘密の作戦を知り、味方に教えようとするというものだ。悲劇と喜劇の違いはあるが、愛国心を感じさせる点は共通している。また、南北戦争アメリカ国内の戦争のため、陸路で移動するという点も活かされているといえる。南北戦争を語るときには、うってつけのストーリーかもしれない。

 主人公のジョニーは、北軍の陣地から汽車で逃走する際に、恋人のアナベルと協力し合う。この設定は、これまでのキートンの映画にはあまりなかったものだ。マイペースなアナベルは、命がかかった逃走でありながら、機関室の箒で掃除してみたり、穴が開いた焚き木を欠陥品として捨ててしまったりする。この細かいユーモアは、後に作られる様々なアクション・コメディ作品でも踏襲されることになる。例としては黒澤明の「椿三十郎」や、メル・ギブソンゴールディ・ホーン共演の「バード・オン・ワイヤー」などが挙げられる。危機の迫った状態にも関わらず、ユーモアを感じさせる女性キャラクターは、キートンにマッチしている。どんな危機でも高い身体性でさらりとこなしてしまえるキートンだからこそ、ユーモアとなるのだ。これが、とにかく必死で余裕がない主人公のヒロインだったら、恐らく腹が立つだけだろう。

 「キートンの大列車追跡」は面白い映画だ。だが、キートンの作品の魅力が、高い身体性にだけあると思ってみると、肩透かしを食らうだろう。キートンがどういう映画人かということは忘れて見られると一番いい。キートンのことを知らない人が、夜中でテレビをつけるとたまたまやっていて、映画のタイトルも知らずに見るように見ることができたら・・・そんな体験はかなり稀だが、そうして見られればそれ以上の幸せはないように思える。


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