ドイツ映画 フリッツ・ラング「ニーベルンゲン」 ドイツ人の自信と誇りの蘇生

 様式的な構成が特徴的な作品を送り出していたフリッツ・ラングは、「ニーベルンゲン」(1924)を監督している。

 「ニーベルンゲン」は、ウーファとデクラ社の共同製作による作品であり、2年の準備期間と7ヶ月の製作日数、莫大な予算をかけた二部構成の大作である。破局的なインフレの中、ドイツ映画界が総力を挙げて製作したといえる。それが可能だったのは、原作の「ニーベルンゲンの歌」がドイツ人にとって魂の故郷ともいうべき神話だからでもある。原作は、ワーグナーの壮大なメロディによって国際的にも知られていた。

 脚本を担当したのは、ラングの妻であるテア・フォン・ハルボウである。ハルボウはストーリーを単純化し、神話の精神に迫ろうとした。そのテーマは「愛と死」である。愛と死とは一つの運命によって結びつき、夢幻の殺戮をつくり出すというものだ。岡田晋は、「ドイツ映画史」の中で次のように指摘している。

 「愛するとは暗い運命に身をゆだねることであり、運命は殺し合いによって成就するかのようだ。荒々しい“死”の美学を、これほど一貫して描いた作品は珍しい」

 一方でジョルジュ・サドゥールは、ハルボウは第二部で「最初の過ちが最後の贖罪を引き起こすという過酷さ」を示そうとしたとし、因果応報の物語として捉えている。

 ラングの演出スタイルが強い印象を与えている。スタジオに巨大なセットを建て、表現派の不気味なデフォルメ、北欧絵画の神秘的なリアリズム、ユーゲント・スティル建築に見られる造形性などを利用しながら、モニュメンタルな様式美で統一されている。19世紀スイスの幻想画家ベックリンのタブローとも比較されるという。

 セットはカール・フォルブレヒトとエーリッヒ・ケッテルフートが担当、撮影はカール・ホフマンとギュンター・リットゥ、ウォルター・リットマンが担当している。ここに見られるドイツ映画のスタジオ技術の高さは、当時の世界最高峰とも言われ、「表現主義から生まれ出たドイツ映画の、一つの完成であった」(岡田晋)という評価もある。

 有名なシーンの1つに、ジーグフリートの竜退治がある。等身大の竜を7人の人間が中から操作して撮影されたこのシーンは、非常に困難なものだった。テイクを重ねるうちに、疲れたジークフリート役のパウル・リヒターに竜の尻尾がぶつかるという事故も起こった。しかし、映画公開時には観客から爆笑が起こったのだという。今から見ても、キッチュでユーモラスな雰囲気が漂うこのシーンは、当時の観客にとっても同じだったようだ。

 国民的大作ともいえる「ニーベルンゲン」は、インフレの波が静まり、ドイツ人に自信と誇りがよみがえってきた頃に公開された。そのこともあり、ドイツ映画界ばかりか、ドイツ人全体に大きな影響を与えたと言われている。この映画のスタイルがナチスの祭典演出に取り入れられたというのは有名な話だ。ちなみにヒットラーが政権を取得した後、宣伝担当相のゲッベルスサウンド版を作らせてナチスプロパガンダに使ったが、第二部は削除されたという。